私はあの人が嫌い


 だって独りよがりなんだもの


 私の考えをわかろうともしてくれない


 

 でも今日その人が


 思いの丈を話してくれた


 

 「・・・そんなことを考えていたんだ。」


 

 世界が広がった気がした


 新しい考え方が生まれた気がした



 あの人のこと


 すぐには認められないかもしれない


 

 でも少しずつ


 わかっていけそうな気がした









 恋人や親友でもないひとに自分の本音を語るのは全裸になるよりも恥ずかしい。知り合いがそういった。でも腹を割らないとわありあえない部分もある。



 適当なことをいってやっていける関係もある。でもそれでは本当にわかりあえることはない。



 自分の考えをこれっぽっちもわかってもらえないのが怖くて、素直になれない。また別の人がいっていた。



 ・・・自分はどうだろうか。



 どうしたらいいかわからないから、せめて腹筋で腹がわれるようにだけはしておこうかな笑 


なんて気持ちの悪いテーマをつくってしまったことだろう。


でも自分の思っていることを残すという意味でも、自分の表現力を高めるという意味でもそのテーマのものは残していきたいなと思っています。


少しでも共感できるいいものを考えたいです。

道に一輪の小さな花が咲いてる


一輪の美しい花


太陽の光を浴びて


根を地にのばしている




その花に


水をあげよう


雨で十分なのかもしれない


でも水をあげている私は


その花がきれいなことを


知ることができる




囲いをつくってやろう


風にさらされても大丈夫なのかもしれない


でも囲いをつくる私は


その花を


守ってやることができる



道に一輪の小さな花が咲いている


その花が美しいことを


皆に教えてあげよう


余計なお世話かもしれない


でも誰かに知られなければ


花は美しくある意味がないのだから







 自分がいきる意味を感じるときを考えてみました。それってやっぱり他人が自分のことを評価してくれているとき,自分の存在が他人の一部になっているときなのかなっておもいます。


 たとえば写真を撮るとき。少なくともその瞬間はレンズの向こうのあいてのことを想っていられてるはずなんです。



 少なくとも僕にとって生きるということは人とつながりを持つことなんじゃないかなって思いますし。



 今年は新たなつながりをつくったり、いまあるつながりを太くできたらいいな(*^o^*)