私のお父さんは 習字の先生で

私も子供のころ習っていた。

小6までだったかな。

 

でも、私はお父さんが大っ嫌いで。

 

子どもの頃のお父さんの記憶を辿ろうとすると、気持ちが悪くて ちゃんと思い出せないくらい、

お父さんに対する 気持ちには かなりの 負のエネルギーがため込まれていた。

 

「習字」は 多分 それに、深くかかわっている。

 

1月だったか、2月だったか

YBS主催の書初め大会があって、それが 実力を発揮する 一大イベントになっていた。

お父さんの命で、大会前に 毎日100枚書かされたっていうのが、記憶にべったりと残っている。

実際に、100枚書かされた日が何日あったのか?

本当に100枚書いたのか? 今になってみると わからない。

でも、100枚書け!という お父さんの命が とても強烈に 残っている。

「書かされた」っていう恨み((笑)

 

わたし、本当は字を書くの好きだったのにな。

習字 好きだったのに。

 

でも、なんか お父さんの欲望に 引きずり込まれているような、

お父さんのために 習字をならっているような

そんな 感じがして とっても 嫌だった。

書かされている感じが とっても 嫌だった。

 

それは、好きなことだったから こそ だったのかもね・・

 

娘の書初めの宿題を見てたら私も書きたくなって、30年ぶりくらいに筆を持ったんだけど、

結構 すらすら かけて、しかも割と 上手に書けて。

覚えてるもんだなぁ。。って。

 

手が覚えているんだよね、止とか 払いとか、

字の流れとか。。 それは やっぱり 練習の賜物だなって。

 

悔しいけど((笑) 認めざるを得なかった。

 

で、とても楽しかった。 筆で書くことが。

 

私は ただ、あの時の書かされる 強制されたことへの嫌悪感をずっと 持ってただけだったんだな。

嫌だった。もっと 楽しく書きたかったのに。

好きだったのに。 習字好きだったのに、その気持ちを踏みにじられた!!って 思ってた。

悔しかった。 悔しかった 悔しかった。

 

好きだったことを 嫌いにさせた お父さんが 憎かった。

憎かった 憎かった 憎かった このバカクソ--------!!!!!

お前のエゴに 私は抵抗したんだ!! そして その抵抗してたのも 私のエゴだった。

 

でも 子供だったから 従わざる得なかったから。

 

だからこそ 私は今 子供たちの「好き」を邪魔しない。

好きなことは 子供の聖域だと思っているから。

その聖域は侵さないと 決めている。

 

それは、自分のそんな記憶から来ていたんだなぁ

でも、やっぱり 練習は大事だね。 繰り返しの練習は 大事だ。

でも 嫌いになってしまったら 元も子もないから。

だから、指導者って難しいね。

 

また、習字やってみようかな。

今度は 好きなように 思いのままに 書いてみたいな。