私はいつもいつも人を深く理解しようと努めてきた。
どんな人も、悪くない。
根っからの悪人なんて絶対にいないってところに答えを落としたくて、
色んな考え方を自分の中で模索していた。
そんな探究心が、
非二元(ノンデュアリティー)に繋がったんだけど。
でもそれは、
誰よりも自分自身が許されたかったからなんだ。
生きていることを許されたかったから。
理解してもらいたかったから。
そんな思いに気がついた。
今から6年くらい前からかなぁ、
無気力、理由のない漠然とした絶望感に悩ませられるようになって。
子供との時間が苦痛でたまらないっていうのが、自分でもとても辛かった。
多分病院に行けば「鬱」とか、「更年期」とか言われたんだと思うけど、
私はスビリチュアルレッスンに通いはじめた(笑)
自分の内側の不調和が原因だとなんとなく感じていたから。
それは魂の心理学みたいなもので、そこで私は魂の視点を授かった。
そこから、私は自分を深く深く内観するようになった。
自分の内側に何があるのか?何が起きているのか?
ひたすら、内観の日々。
見えてきた
「罪悪感」
生きていていい気がしない。
のうのうと生きることは許されない。
という感覚。
まるで、重い罪を犯した罪人が
「誰にも迷惑をかけずに、真面目にちゃんとしていれば
生きていても良い」という、免罪符をもらって生きているような感覚。
その罪が刻印として体に刻まれていて、
常にじわじわ痛みを発しているような。
手放すとか、もう自分を許してあげるとか
そんなことは叶うはずがないと思えるような、諦めた感覚。
なんなんだろ?
今生の記憶では、まったく心当たりがない。
前世なのかなぁ。。
いったい何をしたんだろ??(笑)
でも、許されたい。
もう許してほしい。
私という人間の存在を丸ごと許してほしい。
認めてほしい。
理解してほしい。
愛してほしい。
愛されたい。
そんな思いを、ずっと目に、耳にする犯罪者に投影してた。
ヒトラーも、オウム真理教の麻原彰晃も理解しようと経歴を調べたりして。
何をしたとしても、この世に生きることを許されない人なんていないんだ!
そう思いたかった。
それは誰よりも、
自分自身が許されたかったから。
罪悪感の投影。