あれは多分中学生の頃だったと思うんだけど、

アンネ・フランクの本を読んで、ものすごい衝撃をうけたんだよね。

ヒットラーによる、ユダヤ人迫害の歴史。

自分には何の非もないのに、ユダヤ人であるということだけで、ある時を境に存在を全否定され

人権を奪われ、命さえもモノのように扱われてしまう。

この世界ではこんなことが起きてしまうのか。。って愕然とした。

神様はこんなことを起きるのを許してしまうのか??

 

多分それまでは どこかで信じてたんだろうね。

「神様は真面目に生きていたら、守ってくれる」って。

神様は助けてくれないのか??

そう思った。それが何よりも恐ろしく感じた。

 

しかもね、私がその当時読んだアンネ・フランクの本には

アンネ達家族が身を潜めていた隠れ家に入った泥棒が、隠れ場所の入り口になっていた

棚の開閉時にできた床の傷を見つけて通報して、アンネ達家族は見つかってしまったと書いてあった。

(だいぶ後で知ったけど、アンネ達がどうして見つかってしまったのかは?不明らしい)

命がけでアンネ達家族をかくまっていた人たちも、ともに連行された。。

 

え???なんなの神様???これって何なの??

泥棒の肩もっちゃうわけ???

なんで、うまいことアンネ達を助けてあげなかったの??

 

こんなことが起きてしまう世の中って。。

自分にもいつ降りかかるかわからない。

ある日突然 日本人はこの世界を元凶である!なんてことになったら??

 

そう思うと、人の幸せってなんなの?

こんなことが起きてしまう世の中で人の本当の幸せってなんなの??

 

今思うと、この時が私の心の旅の始まりだったんだなぁって思う。

 

あの時のことを振り返ってみてもわかるけど

私にとっての人間の幸せって「安心感」なんだ。

「何があっても大丈夫」って思える 安心感。

絶対的な心の平穏。

 

それがないと幸せじゃない。そう思った。

 

どうしたらそれが手に入るのか?

それをずっと探し求めてた。

 

そして至った悟りの境地。

(わたしが悟ったわけじゃなくて、そういう答えを見つけたということ)

 

悟って初めて人は幸せになれる。

悟っていない状態は幸せではない。

 

って方程式が出来あがってしまった。

これじゃあ永遠に幸せになれないパラドックス。

 

私のティーチャー アキラさんは言う。

 

本質の私たちは存在そのものが「安心」なんだって。

 

外に探しても、身に着けようとしても 出来ないわけだよね。

そもそも もう自分自身が安心なんだもん。

 

不安な時や恐れている時は、本質から外れてるだけなんだって。

私 ほぼ 外れてるけどね。

 

それでも 最近 瞬間的に 「絶対的な安心感」みたいなものが 自分の中をふっとよぎる時がある。

ある期間その状態で在る時もある。それが 本質の私らしい。

どうすればそういう状態でいられるのか??って思っちゃうけど、

その辺は全く コントロール不能。

 

そう 普段はほぼ外れて生きてます。わたし。

人間やるのって 大変。

 

でも、いつも胸の奥の奥の奥の方から

ずっと 叫びなのか?呼ばれているのか?

いまいちわからないんだけど、なにかを求めるエネルギーのようなものが

うずいている。

 

で、私はそこに帰りたいって思っている。

戻りたい。そこに帰りたーいって。

いつも思っている。