自分の内観を 深めていったら、


私自身を 不快にする感情の 根っこには いつも


「どうせ 私なんか。。」って いう 自己否定が


あることに 気が付いた。


このままでは 愛されない。許されない。認められない。


が 前提で 私は 生きている。


だから 必然的に 何をするにも がんばってしまう。


自分で 自分を 認められないから、


誰かに 認めてもらいたくて また がんばる。


でも 自分で 自分の 価値を 認めてないから


愛が 素直に 受け取れない。


認めてもらえても それが 自分で 認められない。


自身を 愛したいのに 愛せない。


自分が 無条件に 愛されることを 許して あげられない。


このジレンマが 私の感情を 歪ませてる。


私は 拗ねてる。


自分のことなのに、自分に どうしてあげたらいいのか分からない。


苦しい。。。辛い。。。


って、思っていたら


「引き受ける」 って 言葉が ふっと 浮かんだ。


「そんな わたしを 引き受ける」


一瞬 ふっと 胸の苦しみが 溶けた。


なんか 妙に しっくりくる。 安心する。


言葉って 不思議 。


「引き受ける」か。。。


少し 優しい気持ちに なれた。


そういえば 自分自身の 内観が「見張る」に なっていたな。


「見張る」じゃなくて 「見守る」。


きっと 大丈夫。


きっと 望みどおりに なれるから 大丈夫。


自分を 信じるって 決めてみよう。


それを 大前提に 生きてみよう。


「わたし」を 見守っていこう。