DSに 夢中になっている 息子を 見ると、


自分でも どうしようもなく 腹が立ってしまう。


「憎ったらしい」っていう思いが


自分でも 抑えきれないほどに 暴れてしまう。


なぜなんだろう??


どうして そこまで DSに 拘るのだろう??


自分でも 分からなくて ずっと モンモンとしていた。


でも 今日 分かった。


それは


「やっちゃいけないって 言われていることを、やりたいから やる」を


息子が やっているからなんだ。


「いい子」だった私が できなかったことを


平然と やってのけてるから、


私は 憎ったらしかったんだ。


つまり 私は 息子が羨ましかったんだ。


「おきて破り」 を している息子が 羨ましかったんだ。


今でも、なかなか できない 「おきて破り」


なかなか やめられない 「いい子(人)」


自分で作った タブー。 ぶち破れない。


自由になりたいと 切望する一方で


自分で 自分を縛ることを やめられない。


もどかしくて 苦しくて やりきれない。。


そんな 思いが 子供たちに 映し出されていたんだ。


やっと 分かった。


DSは 私の中で タブーの 象徴みたいなものだったんだ。



子供って 救世主だなって 思う。


親を救うために、生まれてくるとしか 思えない。


時には 体を張って、命を懸けて


親に 大切な何かに 気づかせるために


生まれてくるのかな。。


そんな大人も 昔は みんな子供だった。


親を 救えなかった 罪悪感を 背負って 人は 大人になるのかな?


そこからまた 苦しみが始まるのかな。。?


私は 終わりにしたいな。


ダメなところも


「認めて、許して 受け入れる」


子供を 許すことは 自分自身を 許すこと。


ひたすら 「許す」ことを 諦めない。


絶対に 諦めない。


今日 新たに 心に 誓う。