「旧き佳き」
我々の生活は、どうも便利になりすぎているように最近思う。
電車が10分以内に必ず来る、とか。
調べたいことはネットですぐにわかる、とか。
もちろん後戻りするのは現実的にはとても難しく苦痛が生じるだろう。
しかしその反面、「温故知新」という言葉も最近よく耳にする。
故き(ふるき)を温ねて(たずねて)新しきを知る。
便利に慣れすぎた我々が肝に銘じておくべき言葉のひとつであろう。
これから訪ねる蔵元さんはそんな「旧き佳き」なんていう言葉や、
我々が忘れていた「何か大切なもの」を思い出させてくれる蔵元さんです。
さて、信州中野駅前です。
ゆったりとした時間の流れるこの駅前で待つこと数分。
僕の大好きな懐かしいお顔が車で迎えに来てくださいました。
株式会社丸世酒造店の関康久社長です。
5月の長野酒メッセでお会いしてからのご縁ですから約半年ぶりですが
個人的にはもうずっと長いお付き合いのような気がするから不思議です。
たぶん、ですがこの蔵元の醸すお酒「旭の出乃勢正宗」を数年前に呑んで
それからずっとファンである僕の心がそうさせているのだと思います。
日曜日なのにシャッターの閉まった店が多い中野の町を走ること約5分。
ついにやってきました、夢にまで見た(大袈裟?w)丸世酒造店さんへ。
写真は撮り忘れましたが、こじんまりした「普通の酒屋さん」といった風情。
今日はお休みだからと、裏口から入っていきます。
これがもう、なんというか田舎の庭先といった感じで造り酒屋っぽくない(笑)
そうですそうです、僕の持つ素朴なイメージそのままで嬉しくなります。
事務所でお茶をいただき一息ついてから蔵の中を見せていただきました。
毎回そうですが、「あのお酒がココで造られるんだ・・・」と思うと
なんだか背筋がゾクッとする僕なのです。
これ、浄水器です。
実はこちらの蔵では上水道を浄水して酒造りに使っています。
僕ら東京人からすると「ええっ?」と思いがちなんですがさにあらず。
中野市に供給される上水道の水源は湧水と伏流水がメインになっており
簡単に言えばあまり手を加えないので良質な水が供給されるのです。
この浄水器は塩素も100%除去可能なので安定した水質を保てるそう。
詳しくお話を伺ってみないと真実はわからないものです。
和釜です。何故か立てかけてあります(笑)
「他の蔵元さんは知らないけどウチはいつもこうしてる」そうです。
和釜を据えつけるための秘技(笑)も教えていただきました。
目から鱗だったのが、この甑(こしき)です。
右に立てかけてあるのは蓋です。
甑の底部中央を見ると、穴が空いているのがわかりますか?
拡大するとこんな感じ。
この穴を伝わって蒸気が上がって米を蒸す構造になっています。
でもこれだけじゃほんの一部にしか蒸気が当たりませんよね。
半円の土台(実際はもう半円あるので円形になる)と六角形の不思議な駒。
これを甑内部の底に置いてこの上に米を置くのだそうです。
そうすると、全体に蒸気が回って均一に米が蒸しあがるという構造。
わかんないでしょ?(笑)
では種明かし。この「駒」をひっくり返してみます。
このように逃げ道を作ってあるので四方八方に蒸気が流れるのです。
見てしまえば簡単ですが、いやー先人の知恵ってのは凄い。
物置に置かれていたのでちょっとわかりにくいですが、放冷機。
というか、こんな放冷機見たの初めてなんですが(笑)
関社長「これはかなり古いよぉ」「うん、初めて見ましたこれ」と僕。
なんかね、「機械」というより「道具」です。放冷具(笑)
さっきの「駒」といい、手造り感バッチリで嬉しくなっちゃうなぁ♪
麹室の入り口です。
この麹室、実は秘密があって昔ながらの伝統的な構造になっています。
壁の間に籾殻(もみがら)を詰めて温度調節を行っています。
最近では化学繊維を使う蔵が普通ですが、これは貴重です。
僕もいろいろな蔵元を訪ねていますが籾殻を使った麹室は初めてです。
勢正宗の持つあの優しい甘味の秘密を垣間見たように思いました。
現在の生産石高が約100石前後とのことなので、
小回りの利く仕込み(実験的な試み)も出来そうです。
搾り機です、佐瀬式ですね。
下のステンレス製のお風呂のような容器(笑)に酒が溜まる仕組みです。
ちなみに今は使ってないですが「フネ」もありました。
社長曰く「今は物置になってるけどまだまだ使えるよぉ」
うん、実際に触ってみたけど木ってやはり丈夫だなと思いました。
いやー、とにかく「現役で頑張っている道具たち」が印象的でした。
関社長曰く「金がねーから新しいモン買えねえんだ」だそうですが、
どうしてどうして、機械ではない「道具」たちが元気に働いています。
事務所に戻り、お酒を利きながらお話を伺いました。
僕も未熟ながらも、思うところを意見として申し上げました。
地元消費一辺倒では限界があり、首都圏を狙う酒造りとの2面性。
トレンドを踏まえた例えば燗酒用や無濾過生原酒などの特化した製品。
調子に乗って生意気なことも申し上げてしまったのですが
関社長は「うんうん」と言ってひとつひとつ真剣に聞いて下さいます。
酒に対する熱い想いがビンビン伝わってきます。
温厚で優しい語り口なんですが「想い」があるからホントに熱い。
僕も関社長とお話できるのが嬉しくて喋りすぎちゃいました。
本来は「この蔵らしい酒をノビノビと造って欲しい」と思うのです。
ただ地元消費の落ち込み(この地域でさえ大手のパック酒や甲類焼酎が
台頭とのお話はショックでした)などを考えると戦略も必要となります。
・・・・・戦略、かぁ。
まぁ他に適切な言葉がないのでこの言葉を使いましたが、
しかしこう言っちゃぁなんですが、関社長のお人柄と「戦略」って言葉、
ホントは全然そぐわないんですよね(笑)
でも、この蔵のお酒にはとんでもない可能性を感じるのです。
ちょっと言葉は乱暴だけれども「未完成だからこその可能性」、
その分のこの先の伸びしろが見えるんです。
この蔵のお酒に対する僕のイメージは「甘味と膨らみを持つ酒」なんですが
この「甘味」が他にはない優しい甘味なんですね。ホッとする淡い甘味。
首都圏で売れるだけが能ではないのは百も承知の上で、
この特徴を生かして、より多くの人に呑んでもらえるようになったらいいな。
そうそう、ご馳走になった「おやき」、これがメチャ美味かった♪
もっちりした皮にジューシーでたっぷりの具!
地元のパン屋さんが作ってるとのことでネットで調べたら
中野市にある「旭製パン」さんのおやきがこれ似ていました。
(どうでしょう?社長、合ってます?)
*・・・・・と書いたところ本日関社長よりご指摘がありました。
ご近所の「高原堂(こうげんどう)」さんというパン屋さんだそう。
タイヘン失礼致しました&関社長、ありがとうございました!
お土産にまでいただいて、本当にご馳走さまでした!
次回は泊まりで一緒に呑む約束をして、蔵を辞しました。
関社長と呑みながら酒談義をすることが楽しみで楽しみで仕方ありません。
お言葉に甘えてまたお伺いしますのでこれからもよろしくお願いします。