RAINY DAY HIGH ~小説書いてみたったブログ~

RAINY DAY HIGH ~小説書いてみたったブログ~

私小説と小説の間をゆらゆらと漂う作品を書いてみたくなってブログを立ち上げました。お読み頂ければ幸甚です。
(FC2からお引越しです。そのうち新作を書きます)

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朝も2回ほど電話が鳴ったと思う。夜とは違って、これは本当に取りに行けなかった。一歩でも動くと吐きそうだったからだ。二日酔いは初めてではなかったが、飲み過ぎに加えて、この日は精神的な要素も大きかったと思う。頭が激しく痛む。肘も痛む。何枚もベタベタと貼り付けられたバンドエイドの隙間から血が相当滲んでいるのを見ていると、どんどん記憶が甦ってくる。あかんあかん...

そのまま昼まで爆睡。ようやく体が起こせるようになった頃、また電話が鳴った。しばらく見つめていたが、鳴り止まないので意を決して出る。
「...もしもし」、
「もしもし、藤井ですけど、武田くん、大丈夫?」 凍りついた。キクちゃんだ。
昨日大丈夫やった?もう大丈夫飲みすぎてもた迷惑かけてごめんね迷惑やないしごめんもいらんけど心配したよ...
これはつらいな。そっくりな声だけで顔が見えないこの状況。キクちゃんは当然そんな自分の思いは知らず、屈託なく話し続ける。
「昨日はうちの自宅にみんな泊まったんよ、私、今実家でお姉ちゃんと二人暮らしやからね」、
「そうなんや、まだみんないるの?」、
「男子はさっき帰ったよ。スギちゃんとタローくんはまだフラフラしてたけどね。女子はまだいるよ」、
「そっか、お気遣いありがとね」、
「あ、チサちゃんも心配してたから、良かったら連絡したげて」 ズキっとくる
「チサちゃん、今いるの?」、
「あ、あのこは朝早くから用事があるからって泊まらずに帰ったのよ」 またズキっとくる。
やっぱり昨夜の電話はチサちゃんだったのかな? 心配して何度も電話してくれたのかな? 申し訳なかったな...でもやっぱり出れなかった、昨日は。出ても何を話せばいいのか分からなかったし...
「またいこね。みんなおもしろかったわ」、
「そやね。今度は禁酒でいくわ」、
「あはは、気にせんときよ。じゃあね」、
「ありがとね」
電話を切ってもまだ胸がバクバクする。嫌なバクバク。こんなに普通に入って来られたら困る。ため口だし。お互いに。電話しながら勝手にキヌちゃんの顔を思い浮かべてる。勝手にバクバクしてる。こっぴどい目にあったと言いながら、今でもキヌちゃんのことが好きな自分に気づかされて自己嫌悪に陥る。駄目な電話だ。駄目な自分だ。また気分が悪くなってきてベッドに戻る。幸い、まだいくらでも眠れる...

夕方ごろ、誰かの気配に気付いて目が覚めた。テレビの画面に向かって、「うりゃ」、「ふん」なんて声を上げながらファミスタに高じているのはカドだろう。テレビの音も掛け声も普段より若干控え目なのは多少なりとも彼の気遣いなんだろうけど。部屋にいる時には鍵を掛ける習慣がなかったので(オ○ニー時間除く)、知らないうちに人が上がりこんでるのは日常だ。
「お、もう起きれるか?」 そう言いながら冷蔵庫を開けたカドが手にしたのは、アパートの向かいにある自販機で売っているキャンベルのトマト&レモンジュース。自分の大好物だ。買って来てくれたらしい。「なんか胃に入れとけ」と手渡された缶を開け、喉が渇いていたこともあって、一気に飲み干した。
「ありがとう」、
「ま、大丈夫そうやな」。
そう言ってニヤっとした後、すっと真顔になったカドから「昨日はどないしたんや? ちょっとおかしかったで」と聞かれ、ポツポツとキヌちゃんのこと、キクちゃんのことを説明した。
「なんやそんなことか」、
「そんなことて言うな。こっちは真剣に傷ついてたんやから」、
「デリケートくんか、お前は」、
「それは知ってのとおりや、シャイでデリケートでピュアで...」、
「その話でしたらもう結構です」
心身のダメージが大きくとも、話は何とか面白くしようとトライする。関西人の矜持だ。実際面白いかどうかは知らん。
「どっちにしても、キクちゃんはキヌちゃんとちゃうんやし。あのこ、見た目とか話し方は甘いけど、中身はめちゃサバサバのおっさんみたいでおもろかったわ。それに、よく見ると巨乳やったで。気付いたか?」、
「そんなもん見てる余裕あるか!」、
「 はは、そやろな。どっちにしても、もうキヌちゃんのことはええやろ。またあの娘らと遊ぼいう話になってるから、次は頼むで」
そう言われてもなぁ。“デリケート”というより、ただただ“女々しい”だけ。そこで簡単に切り替えられないからこそ“女々しい”というわけだし。ちょっと自信が...
「あと、チサちゃんのフォローしとけよ」、
「う」 またズキっとする
「あの娘、用事あるって言うて帰ったたけど、絶対それだけやないわ。カラオケも全然歌わんかったし。お前が心配やったからやと思うで」、
「...夜中にも朝にも電話が鳴ってた」、
「出んかったんか?」、
「酔ってたし、みっともなかったし」、
「やっぱりデリケート君や」
カドの笑い声が頭に響く。
「今日電話しとけよ」、
「バイトが終わったらな」
でもなぁ、女々しい君だしなぁ。何から切り出したらいいのか...
「よっしゃ、そろそろ晩飯食いに行って、ナガオカさんのとこ行こか」、
「うん、行こ」

日曜夜のバイト。滋賀県には平和堂というスーパーがあって、滋賀・京都・福井辺りにチェーン展開していたが、POSシステムが完全にネットワーク化されていなかった。だから、その日販売した衣料品のタグを本部で集約して、機械入力する必要がある。平日はその入力を社員がやるが、日曜夜のみバイトがやっていた。
タグの面を上向きに揃えて、カートリッジに押し込んで、リーダーに読ませる作業。ちょっとコツがいるけどすぐ分かる。破格の時給1200円。各店からタグが届き始める19時30分から作業を開始して、22時過ぎには終わる。でも、22時30分を1分でも過ぎれば、+1時間の残業になる(3.01時間=4時間ということだ)。だから、作業を終えて、のんびりと掃除なんかして、22時31分になったらタイムカードを押す。こんな美味しいバイトは普通1回生には回ってこないが、たまたま自分と同じアパートに住んでた元締めのナガオカ先輩が、欠員が出来た時に紹介してくれて、カドとともに二つ返事で引き受けたもの。絶対手放すものか,と気合入れてやっていたバイトだ。まあ、気合を入れてやる作業なんて一つもないんだけど。バイトが終わってアパートに戻るのが23時過ぎ。それからチサちゃんに電話しようかな,と思っていた。

ところが、この日は機械トラブルで、4台あるリーダーのうち2台がてんで動かない。残り2台も調子が悪い。ナガオカ先輩が担当部署に何度も電話して機械を触るがすぐ駄目になる。スムーズに動く1台をメインに何とか作業を終えたのが0時過ぎ。意地でも賃金アップ,ということで0時31分まで待って終了。帰宅したら1時過ぎ。今頃電話かけるのも悪いよなと自分に言い訳する。ナガオカ先輩が貸してくれるという新作ビデオを借りにいって、部屋に戻ってシャワー浴びて、ドラクエⅡをちょこっと進めて、いよいよビデオタイムに突入しようかな,というその時、電話が鳴った。心臓が飛び出るかと思った。

一瞬,とは言わず、結構な時間躊躇った。でも、意を決して受話器を取る。
「...」
受話器の向こうに人の気配は感じるけど無言。でもなんとなく分かる。チサちゃんだ。
「もしもし、武田です...あの、野村さんですか?」、
「...ごめんなさい、こんな遅くに」、
「...こちらこそごめんなさい、昨日、あんなんで」、
「大丈夫でしたか?」、
「大丈夫です。ちゃんと帰れたし、今もバイトに行ってましたから」、
「...」、
「...」
初めて電話した時以上に会話が弾まない。沈黙が重い。胸がズキズキする。肘もズキズキする。
「あ、あの」、
「あの、」
声が重なりかけるけど、今日はチサちゃんが一気に話し始める。
「昨日はごめんなさい。私、なんか勘違いしてたみたいで」、
「え?」、
「私、最初に会った時から、武田さん、優しくて楽しくていいなって。そんな風に思ったこと、あんまりなくて。だから、トキちゃんに無理言って、武田さんから連絡してもらうようにしたりして。ごめんなさい、自分勝手で」、
「そんなこと」、
「昨日会った時もすごく嬉しくて、なんかはしゃいでしまって。楽しくなかったですよね」、
「いや、そんなことは」、
「昨日お店で途中から武田さんあんまり喋らなくなって、あんまり顔を上げなくなって、どうしたのかなって。楽しくなくなったのかなって」、
「ちょっと待って...」、
「だから...ごめんなさい、もう無理に電話しなくてもいいです。ごめんなさい」、
「だからちょっと待ってって」
つい声が大きくなってしまう。しばしの沈黙。受話器の向こうで微かに声が聞こえる。泣き声だ。一気に焦る。どうしたらいいのか分からなくなる。
「...ごめんなさい、もう切ります」、
「あ、また連絡します」、
「...いえ、いいです。おやすみなさい」
声を掛ける間もなく電話は切れた。

しばし呆然とした。なんだこいつ。面倒くさい女。勝手に勘違いして、勝手に謝って、勝手に泣いて。俺の言うことも聞いてくれよ。ちゃんと謝りたかったのに。ちゃんと説明したかったのに...悪いのはこっちなのに。ため口で話したかったのに。チサちゃんって呼びたかったのに...
「”たかった”"ばっかりや、自分から電話出来たのに、結局チサちゃんからさせて...」
チサちゃん、あんな風に考えて一日過ごして、それでも勇気を出して電話してくれたのに、自分はちゃんと話すこともせず、そのせいでチサちゃんはあんなふうに泣いてしまって...最低だ...まじ最低だ

「ああああああああああ、もおあかああああああああああああああん」 大声が出た。自分が嫌でどうしようもなくなった。とりあえず頭から布団をかぶってベッドに潜り込んだ。