翌週の土曜まで毎日電話した。残念ながら敬語・名字呼びは崩れないけれど、会話自体は徐々にではあるがスムーズになっていった。話題はお互いの授業の話とか、バイトの話とか、部活の話。自分にはこれぐらいしかネタがない。後はゲームとエロビデオぐらいしかないのが悲しい。もちろんそれらを女性相手に話すほど頭はおかしくない。チサちゃんはその日に食べたご飯の話なんかもしてくれたけど、自分はしない。カレーの話にしかならないからだ。昼は毎日学食の大盛りカレー。夜は学食の大盛りカレーか、砂時計の大盛りカレーか、フジ食堂の大盛りカレーか、アプリコットジャムの大盛りドライカレーか、コウゲの2倍盛りカレー。1度4倍盛りを食べた時は死ぬかと思った。そんなキレンジャー生活の話をしても話が発展しない。ということで、毎日15分ぐらい×6日。電話に出るとすごく明るい声で「あっ、こんばんわー」と言ってくれるようになってきた。最初の聞き取れないぐらい小さな声とは別人みたいに。1回しか顔を見ていないのに、どんどん可愛く思えてくる。もう会える日が待ち遠しくて待ち遠しくて。電話を切ると、ドキドキはなかなか治まらないけど、でも穏やかな気持ちで眠りにつく日々だった。あ、嘘だ。毎日寝る前のビデオ鑑賞はしてた。洋ピンが自分の中でブームだったから、トレイシー・ローズとかジンジャー・リンとかを観てた。エロスはあるが風情は無い、がっつりした絡みを見終わり、「やっぱり最後は日本女性だよな」などと屈折した感想を述べてから眠りについていた。
そうこうするうちに、いよいよ前日。早めに電話。
「明日どんな服着てきますか?」、
「あんまり洋服持ってないんです。多分この前とあんまり変わらないと思います」、
「自分も多分同じ服。でも、実は前回自分がどんな服着たかはっきり覚えてないんですよ」、
「私は武田さんの服、覚えてますよ、ダンガリーの長袖シャツにダークグリーンのチノパンでしたよね、ちゃんと見てましたから」、
「あ、自分も野村さんの服装は覚えてますよ! ちゃんと見てましたから」
いや高まる高まる。純な思いだけじゃなく不純な思いも高まる。野良犬もびっくりの空腹状態だった。
その後は4人で作戦会議@みんなの部屋。カドのトキちゃんは確定。スギは特に希望なしとのこと。タローは「俺はそもそも、そういう場で楽しく話せればそれだけで十分や」とか抜かしやがる。「強いて言えばカオちゃんやったけど、彼女が来んなら別に誰でもええわ」だって。絶対嘘だと思うけど、今日に限ってはなんていいやつ! 「スギはナオちゃんでよろしくな、な」と一方的にお願いしてこれで当日の衝突は無くなった! カドから「明日は決めろよな」と全員に檄が飛んでますます気合が入った。
当日は、四条河原町の阪急前で待ち合わせ。先ずトキちゃんが目に入る。そりゃ入るわな。襟ぐりの深いベージュのカットソーにスリムジーンズ。めちゃめちゃ色っぽい。カドから詳細説明を受けているせいで、本当に正視出来ない。変なギアが入りそうなのを押さえ込む。カドはニヤニヤだ。小声で「お前もう脱がしてるやろ」と聞くと「分かるか」と返ってきた。ああむかつく。
その後ろにナオちゃんとチサちゃんが並ぶ。大変申し訳ないが、ナオちゃんの服装について一切記憶が残っていない。それぐらいチサちゃんに釘付けになった。チサちゃんは白ブラウスにウォッシュのジーンズにスニーカー。前回より少し絞った感じの服。あ、前回気づかなかったけど、結構スタイルがいい。そして、脳内美化が進んだとは思うが、絶対前回より可愛く見える...あかんあかんあかん、こんなとこでスイッチが入ってはあかん...ここはギリギリ理性で押さえ込んだ。
「あれ? 3人しかいいひんぞ」
ここは一人冷静なスギ。聞けば、カオちゃんの代わりの娘は急用が出来たので、晩ご飯から合流するとのこと。キクちゃんと言うそうだ。「めちゃ可愛い娘やよ」とトキちゃん。いやもうそんなのどうでもええわ。心臓が胸の真ん中辺りにあることがはっきり分かるぐらいバクバクしながらチサちゃんに話しかける。
「こんにちわ」、
「こんにちわ」
ここで会話が途切れるのが弱い!でも、チサちゃんがニコニコしている。可愛くて目がつぶれそうだ。
「今朝は授業出ましたか?」、
「出ました。体育ですけど」、
「朝ご飯食べましたか?」、
「はい、カレーを」、
「あはは。ほんとにカレーばっかりなんですね」
電話越しの笑い声も可愛いが生で聞くと倍増だ。
トキちゃんがニヤニヤしながら、「あれえ、何か仲ええな~?」とか突っ込んでくる。「こっちもあんたの事情、あんなこともこんなこともみんな知ってるで」とは口が裂けても言えないので笑顔でスルーするが、チサちゃんときたらこんな一言でも真っ赤になっている。うををををををんんんんんんん、かわいいいいいいいいいっ。口に出して叫ばなかっただけ自分を誉めなければならないだろう。
その後、昼食はパスタ屋に移動。普段の昼食の5倍ぐらいの値段。量は半分なのに...バイト代前払いしてもらっていて良かった。
「なあなあ、普段は何食べてるの?」、
「いや、カレー。このお店の8割引で」、
「カレー以外には?」、
「いや。100%カレー。キレンジャーやから」、
「あはは。体型的にもキレンジャーやしね」、
「うるさいよ」
と話はそれなりに盛り上がる。ただ、グループトークだとチサちゃんはあんまり喋らない。トキちゃんとナオちゃんはガンガン喋るタイプなのでますます後ろに下がってしまう。席は向かいなのにチサちゃんの話がほとんど聞こえなくて、もう2人が邪魔で仕方がない。それでも話そうと頑張っていると、チサちゃんは中腰になって自分の耳元で話そうとする。が、自分は耳が弱点。感じてしまう,にすら辿り着かない。ただただくすぐったくて悶える。耳をふーっとされたら完全に身動き取れなくなる。ぞわわわわわわわあん,ぞわわわわわわわあん,の繰り返し。ますます食べた気がしない昼ご飯だった。
その後は映画→ボーリングの予定だったが、映画の時間があわなかったので先にボーリングへ。ここでタローがボソッと「男は賭けるで」ときた。そう、タローは生粋のギャンブラー。賭けの無いゲームはやらない主義だ。まぁ、こっちも受けざるを得ない。女子の前でいいかっこしたい最盛期だ。とはいえ、4人でボーリングには行ったことがなかったので互いの実力は不明。大負けのリスクはある。でも今更引けなかった。
カドは正統派ストレートボーラー、スギは長身から豪快にボールを放り投げるカーブボーラー、タローはまさにトリックスター、変なフォームからぐねぐねとした変化球を投げ込む。自分はストレート派。ただ、力が入るとシュートする。そして、案の定、思い切りシュートしてしまう展開に...1ゲーム目はこのシュート回転を全然コントロール出来ない。他の3人は順調。スコアはスギが170強、カドとタローはともに150強、自分は135。敗者総負担ルールなので大ピンチ! 悲しいかな、お金が無いのだ。
2ゲーム目開始前、チサちゃんが近づいてくる。肩にトンと手を置かれて「頑張ってくださいね」と言われる。肩にトン肩にトン肩にトントントンンンン...いや、俄然燃え上がった!
ここからまさに奇跡が起こる。思ったとこと全然違うコースに投げちゃっても、シュートが強めにかかってストライクになる。普通ならスプリットになるようなど真ん中ボールでもなぜかストライクになる。こんなドラ麻雀やられたら、周りはペースが乱れるもの。カド・タローともに調子を崩し、ダントツだったスギが手首に痛みを訴える。終わってみれば、自分は5連続ストライクを含めて200点オーバー! 逆転勝利! トキちゃん命名の”伝説のガッツポーズ”を決めてレーンに仁王立ちした自分。ふと振り返ると爆笑してるチサちゃんが見える。あ、あんなに笑ってるの今まで見たことない。大満足だ! ちなみに熱くなり過ぎて、ゲーム中女性陣のことはほとんどノーケアだった。チサちゃんにボーリング教えるとか、完全に飛んでた。これは次回以降の課題だ。最下位タローに14ゲーム分の会計を押し付けて終了。大満足だった。
映画は「スタンド・バイ・ミー」。観終わった瞬間からもう1度観たいと思うぐらいものすごく良かった。でも、やっぱり男の映画だ。男の友情。「良かったけどちょっと男性向けだったかなぁ」というナオちゃんの声に女性陣が頷く。少し盛り上がりに欠けてしまったので、映画の話はこれぐらいにする。
で、晩ご飯は木屋町のちょっとお洒落な居酒屋。京都在住3回生の先輩から教えられた、曰く「勝負店」。勝負店だから、当然ここで勝負に出た。もう強引に配席。自分は入り口に背中を向けた席を確保した。
(たけ)(チサ)(カド)(トキ)
┌─────────────────┐
│ │
└─────────────────┘
(キク)(タロ)(ナオ)(スギ)
カドはトキちゃん囲い込み。必然的にチサちゃんは自分のほうを向く。タローには新規のキクちゃんを任せ、スギにはナオちゃんでOK。完璧な布陣だ。
1時間ほど遅れてくるキクちゃんの席を空けて全員着席後、ビールで乾杯。年齢チェックはゆるゆる。とはいえ、すぐに酔っ払ってしまう自分なので、ここは慎重にいかねばならない。カドは強いし、トキ・ナオも強い。スギは意外に弱く、タローはイメージどおり弱い。時間とともにみんな段々ペースが上がり始めるが、ここで、チサちゃんも結構いけるくちなことに気付く自分。
「意外に強いですね」、
「そんなことないんですけど、両親が飲めるので、多少は受け継いでいるかもしれないです」
ううん、反応がいちいちほんとに可愛い♪ 30分ぐらいすると、トキ⇔カド、スギ⇔ナオ⇔タローのラインが出来上がって来た。よおし想定どおりだ! ここで準備していた展開に持ち込まねばならない。そう、この日を迎えるにあたり、自分には心に決めていたことがあった。“お互いに名前呼びする”、”ため口で話す“の2点。何てささやかな願い...ちなみにこれは第一関門。もちろん隙あらば第二関門も突破する気満々だった。具体的な内容は言えないが、第一関門からはかけ離れた場所にだ♪ 小さな小川から一足飛びに大海原に出ることで頭がパンパンだった。
その時、ナオちゃんが「おーい、キクミ、ここだよお」と声を上げた。ああもう今から第一関門なのにいいい。キクちゃん、着くのちょこっと早いよおおお。浮かれ気分でそう思いながら振り返って、自分の血の気が引いて、口の中がシュッと乾くのが分かった。すっと頬が冷たくなる感覚。グラスを持つ手が震えそうになるのを何とか抑え込んだ。
「キヌちゃん...」
思わず出てしまった声は何とか周りの騒ぎ声に紛れた。そう、あのキヌちゃんにそっくり。なんで京都にいるの? 神戸大に行ったのに。あの日、あの時のように頭がグルグルする...もちろんキヌちゃんであるわけがない。チサちゃんも手招きして、「キクちゃんはこの席ね」とニコニコして話しかける。カドとかスギも立ち上がり、「はじめましてええ、蟹江敬三でえええす」、「岡八郎でえええす」とかハイテンションでご挨拶。タローも普通に挨拶した。でも、自分はというと、心臓がバクバク鳴ってるのを感じながら、何とか立ち上がり、「武田です」と挨拶。だめだ、声が出ない。掠れる。気分が悪い。冷や汗が出る。
着席して正面から見ると、そこまでキヌちゃんには似ていないことが分かる。背もキヌちゃんよりかなり高いし、目もあんなには大きくない。ただ、顔のつくりとか骨格が似ている。口元とか顎のラインとか。だからなのか、声がそっくりだ。声だけじゃなく、喋るスピードとか、声の高さとか、そして少しハスキーなところも。顔が似ている以上にきつかった。
あの日を境にした、高校時代のトラウマが甦る。2年生の地区大会、前年予選落ちの屈辱を乗り越えるべくめちゃめちゃ練習して、見事県大会への切符を手に入れた瞬間、誰彼構わずみんなでハグやハイタッチして回った時も、キヌちゃんにだけは出来なかった。周りもそれに気付いて、一瞬流れる冷たい空気。慌ててみんなが上手く引き離してくれた。部活引退した3年の春からこの傷も徐々に癒えていったが、今頃になってその感覚が呼び覚まされる。タローがそんなにガンガン話さないので、チサちゃんは自分も巻き込んでキクちゃんと話そうとする。自分も何とか冷静になろうとするが、声がちゃんと出ない。喉が渇いて、唇が乾いてしまうので、自然とビールに手が伸びる。伸びる、伸びる。結果、完全にオーバーペースに...チサちゃんが自分の変調に気付き、しきりに「大丈夫ですか?」と声をかけてくれるが、向かいのキクちゃんも自分に「水飲みなよ」と言ってくれる。これがあかん。酔いも手伝ってキクちゃんがキヌちゃんにしか見えなくなる... 気付けばトイレの番人になっていた。
この後は、当初予定通りみんなでカラオケに,ということになるが、自分はもう無理だった。「ごめん、ちょっと今日はあかんわ。ごめんやけどカラオケはやめとく」 何とかそう言って駅に向かう。チサちゃんが心配そうについてきてくれそうになったけど、トキ&ナオがノリノリでチサちゃんを拉致。ありがたい、今はそのほうが助かる。もうチサちゃんの顔を見れなかったから。みんなに手を振って、逃げるように地下鉄の駅へ移動。地下鉄京都駅→JR京都駅は結構距離があるが、どうやって移動したかは全然覚えてない。ただ、JRに乗ってからは、終点の駅で降りるわけではないので寝たらあかん寝たらあかんとぶつぶつ言っていたのを覚えている。もちろん、周りの客は気味悪そうに少し距離を置いていたが、まあその方が助かった。押されたら間違いなく吐きそうだったから。
彦根駅について、トイレで一吐きして、自転車に乗ってアパートへ。途中で二回、道のど真ん中で転倒。ここに車が来てたら死んでたけど田舎で助かった。すりむいた肘からボタボタ血を流しながら帰宅。ごぼごぼ水を飲んで、一息ついて肘を見ると、結構派手に出血している。酔ってるからなかなか血が止まらない。バンドエイド10枚ぐらい貼ってなんとか止血して、ベッドに倒れこんだら、一気に意識が飛んだ。
夜中に何回か電話が鳴っていた。最初は体が動かなくて放置。後のほうは取ろうと思えば取れたけど取らなかった。チサちゃんかな,とは思った。出ようかなとも。でも、やっぱり無理だった。恥ずかしくて。みっともなくて。
「ああああ、終わっちゃったよおおお」と頭の中をグルグルさせながら叫んで、再び眠りに落ちた。