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岸たけし

岸たけしのブログ

■「1958年(昭和33)生まれ」

日本は勿論、世界的にも1958年(昭和33)

生まれは時代に名を残された方が多くいます。

...因みに....この年には、東京タワーが開業し、

日本で初めて1万円札が登場。

当時、皇太子であった明仁親王と正田美智子さん

がご婚約。戦後13年、戦争の痛手から徐々に

開放されるかのように、時代は「高度成長期」へと

転回して行くのです。

 

■「1958年(昭和33)/日本/アート/芸能/スポーツ」

1/4宮本亜門(演出家)1/5八神純子(ミュージシャン)

1/6CHAGE(ミュージシャン)1/15宮崎緑(キャスター)

1/17千住博(日本画)1/30石川さゆり(演歌歌手)

2/1みうらじゅん(コラムニスト)2/3時任三郎(俳優)

2/4東野圭吾(作家)2/18松原千秋(女優)

2/20かとうかずこ(女優)2/24飛鳥涼(ミュージシャン)

2/27中村うさぎ(作家)

 

3/3栗田寛一(ものまね)3/11織田哲郎(プロデューサー)

3/13田中義剛(実業家)3/21田崎真也(ソムリエ)

3/21シルヴィア(歌手)3/22真島茂樹(振付師)

4/8森下愛子(女優)4/13萬田久子(女優)

4/14桜田淳子(歌手)4/16小宮悦子(キャスター)

4/21君島良一(作家、脚本)

 

5/2秋元康(プロデューサー)5/13小林まこと(漫画家)

7/9久本雅美(タレント)7/9南流石(振付師)

7/19木村和司(サッカー)7/22原辰徳(巨人監督)

7/29三屋裕子(バレー、経営者)

8/2鴻上尚史(劇作家)8/4江川紹子(ジャーナリスト)

8/6辰巳琢朗(俳優)8/12陣内孝則(俳優)

8/13高橋ジョージ(ミュージシャン)8/23佐藤しのぶ(声楽家)

8/27姫野カオルコ(作家)8/31小金沢昇司(演歌歌手)

8/31日比野克彦(現代美術家)

 

9/13玉置浩二(ミュージシャン)

10/1中村正人(ミュージシャン/ドリカム/Ba)

10/1阪本順治(映画監督)10/13森昌子(演歌歌手)

10/13加門亮(演歌歌手)10/15山川豊(演歌歌手)

10/20大石大二郎(野球)10/22高木豊(野球)

10/24辻発彦(西武監督)

11/12岩崎宏美(歌手)11/19安藤優子(キャスター)

11/27小室哲哉(プロデューサー)

11/30杉浦日向子(江戸風俗研究家)

12/5山田五郎(コラムニスト)12/11宮崎美子(タレント)

12/13樋口可南子(女優)12/13芦川よしみ(女優)

12/24樋口宗孝(ミュージシャン/ラウドネス/Dr)

12/26原田美枝子(女優)12/28藤山直美(舞台女優)

 

■「1958年/主な海外スーパースター」

3/10シャロン・ストーン(女優)6/7プリンス(ミュージシャン)

8/16マドンナ(歌手)8/17ベリンダカーライル(歌手)

8/29マイケルジャクソン(歌手)

■「ペットブーム」

ペットブームでしょうか?

朝など早い時間から多くの方が犬散歩をしています。

昔と違い、部屋の中でも犬を飼っている方が多く、

ペットサロン(美容室)も流行り、

キレイかつオシャレなワンちゃんや

猫ちゃんが増えました。

 

ペットと言うよりも、もはや家族の一員化した

犬や猫。特に、喫茶店などでワンちゃんを

同伴出来るお店も増えました。

また、店内はNGでも、店の前に繋いで

おけるスペースがあり、そこに繋がれている犬をよく見ます。

昔の時代の犬と違い、人に吠えたり、

ましてや噛みつく犬はほぼいない様に感じます。

部屋飼いする事による人慣れ、

また、家の中にいる事により、

番犬的要素が減り、大人しくなったのかもしれません。

その大人しくなった血をまた受け継ぐ事により、

犬も完全ペット化したのではないでしょうか?

 

■「問題のある飼い主」

私は、飼い主で問題のある方がいると

常々思ってます。それは、お店前に犬を繋ぎ、

5分以上放置し、買物している人がいる事。

犬は寂しがり屋かつ忠実。

部屋から出たご主人を、犬は健気に待つそうです。

縛られた前を知らない人が往来もします。

恐怖と寂しさにかられ、鳴き叫ぶ犬もいます。

 

この間、これはないだろうと思ったのが、

定食屋さんの前に犬を繋ぎ、自分は注文し、

普通に中で食べていた人。あり得ない!

犬も可哀相だが、そこでイラついた犬が他の人に

危害を加える事だってあります。

やはり、犬は犬なのです。

 

散歩は散歩。買物は買い物。

食べる時なんか、同伴出来ないお店なら

一人で行くべき。

何事も、ケジメが必要です。

そのペットだって、そう思っているはずです。

散歩に集中したいって!!

「犬の放置はやめるべし!」

■「成功の法則」

私の最寄りの駅で40年以上繁盛している

定食屋さんがあります。

客席18席。昼営業11時~16時。

夜営業18時~22時(以前は18時~24時)

どちらも、客数は100を超えるそうです。

 

このお店には理想がある。

創業者は、元サラリーマン。

戦前生まれで、高度成長期は朝から晩過ぎても

働き、唯一の楽しみが食べる事。

特に、渋谷にあった定食屋さんが好み。

大盛のご飯、量の多いおかず、

白味噌のお味噌汁(関東の味)そして

大盛のキャベツ千切り。

競争競争の高度成長期であったが、腹いっぱい食べると、

心まで満たされ、疲れがふっとんだそうです。

そして、青年はやがて

「俺も、こんな皆んなの為になる定食屋がやりたい!」

と思う様になります。

結婚し脱サラ、地元でお店開店。

 

この地元は、現在は高級住宅街が並ぶ、

セレブ的な街ですが、元々は都心に近い「工場街」 

多くの労働者が作業服で歩いていた町。

創業者である店主は、彼らに過去の自分を

重ね、ケチらず盛付けました。

そして、それは40年以上経った

今も続いています。

 

このお店は奥さんの力も強力。

地方から出てきた奥さんは、

人と仲良くなるのが上手。

趣味は、麻雀、競馬。

読みが図抜けているのですが、

偉いのが、競馬で勝った時。

なんと均等に従業員と分けるのです。

「いつも皆んなに御世話になっているから...」

と。

従業員への差し入れは毎日、

逆にお客様からの差し入れも多い方。

「他の人と仲良くする」

これは本当に難しい事です。

 

「みんなのお腹を満たす!」

「量をケチらない!」

「他の人と仲良くする!」

「みんなで分ける!」

...これが、単純ながらにも難しい

成功への法則ではないでしょうか。

 

「友達100人出来るかな」

あの歌こそ、成功への法則なのかも

しれません。

 

■「国会議員/当選回数」

1位 尾崎行雄(立憲改進党など/元司法大臣)25回 

2位 原健三郎(自民党/元労働大臣)

中曽根康弘(自民党/元首相)20回 

4位 三木武夫(自民党/元首相)19回 

5位 犬養毅(立憲国民党など/元首相) 

櫻内義雄(自民党/元通産大臣)18回 

■「国会議員/当選回数/現職」

1位 小沢一郎(立憲民主党など/自治大臣)17回 

2位 野田毅(自民党/元建設大臣) 16回 

3位 中村喜四郎(無所属/元建設大臣)14回 

4位 麻生太郎(自民党/元首相) 

菅直人(立憲民主党など/元首相)13回

■「参議院議員/当選回数」

1位 山東昭子(自民党/元科学技術庁長官)

 

■「都道府県知事/多選」

1位 中西陽一 (石川県知事/8期)30年9か月。

奥田良三 (奈良県知事/8期)29年5か月。

■「市長/多選」

1位 吉道勇(大阪府貝塚市長/10期)

...日本社会党。市議会でオール与党体制を確立した

事がある。10期40年のうち、無投票当選5回。

■「町村長/多選」

1位 岡村雅夫(高知県西分村長~芸西村長/13期)

27歳で村長就任。1946年(昭和21)~1996年(平成8)まで、

50年間もの間、村長を務める。無投票当選10回。

 

 

 

 

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■「テヘラン~ナイロビ」

元労働組合委員長として会社と闘い

「首相フライト」日までストを決行した恩地。

彼は、明らかな左遷異動を受ける。

しかし、約束は2年間。ここを、乗り切れば、

日本へ戻られる。

だが、2年を終える頃、再び、海外での

異動を告げられる。約束は反故された。

一旦家族を日本へ帰す。

異動先はイラン/テヘラン。

 

一人テヘランへ。しかし、ここで良かったのが

素晴らしい上司との出会いだった。

テヘラン開業を任された上司は男気があり、

また切れ者で、ペルシャ商法を見破る術も

持っていた。

この上司はチーム作りも素晴らしく、

恩地は久しぶりに心を開ける者達と出会えた。

安定したところで、恩地は家族を呼び寄せる。

海外、しかも中東という事もあり、

苦戦続きだったが、何とか一致団結「開業」も

整うところまできた。

しかし、問題が発生する。

尊敬する上司は日本人政治ブローカーの

圧に屈せず、跳ねのけるが、これが問題となり、

日本での下請け部品会社に左遷されてしまう。

....この時、別れ際、上司は恩地へ語る

「恩地。何としてでも生き残るんだ。

必ず、陽があたる時が来る!」

恩地はこの言葉を噛みしめ、

仲間一丸となり、開業を果たす。

....やっと、やっと、これで日本へ帰られる。

....しかし、告げられた次なる異動先は、

日本ではなく、ケニア/ナイロビ。

 

家族を日本へ帰し、恩地はアフリカへ。

しかも、ここに自社の飛行機は乗り入れていない。

ただ一人で駐在しろという。

しかも、借り入れる物件を1から探す絶望に

近いスタートだった。会社の送金だけを頼りに、

英語だけを武器に、何とか事務所を開設。

現地スタッフも一人雇えるまできた。

 

アフリカにある各企業日本支社を営業し、

航空券を届けるのが主な業務。

孤独にかられた恩地は、狩りにはまる。

ジープでジャングルへ入り、ライフル1丁で

ライオンを狩る、命がけの行為だ。

この肉(ヒレ)を、現地にある日本人の集まりで

差し入れるのが、唯一心を解放できる時だった。

家族は心配し、妻の「家族は一つになるべき!」

の誠心のもと、ナイロビへ。

しかし、獣の匂いがする恩地に妻は驚愕する。

恩地は日本への出張で、再度社長へ

日本へ異動させてくれる様、頼みにあがるが、

社長は末期の癌で、「申し訳ない」

と涙ながら、恩地に頭をさげ、

力を失くした手で一生懸命恩地の手を握る。 

 

....恩地の海外赴任は10年目。

会社の慣例である2年の5倍。 

そんな時期、海外で連続して墜落事故を

繰り返し、会社側は国会にまで呼ばれる。

この時、日本に残した労働団体の仲間達

(それぞれ不当人事を受けている)

の働きがけで、恩地の問題が国会でも

話あわれ、苦節10年、恩地は家族と共に

日本へ帰る事になる。

 

■「10年」

10年=約3652日=約8万7648時間

身長約50cmで産まれてきた赤ちゃんは、

約140cmにまで成長している。

10歳だった子供は成人を迎え、

飲酒も喫煙も許される。

1年で約10cm伸びる木々は、1m高くなり、

産まれたばかりの子犬は、

老犬の仲間入りを果たす。

それが、10年という時間だ!