ここ数年 加熱の一途を辿る ペットブーム。
それに便乗したビジネスも後を絶たない。
つい最近、僕の会社の近くにホームセンターがオープンした。
誰もが知ってる 某大手のホームセンターだ。
初めて立ち寄った日、僕は店内を見回して唖然とした。
なんと、そこには 犬・猫を始めとした動物がズラリ・・・
客も 寄ってたかって 「キャッキャ」 と騒いでいる。
「ホームセンター」 に 「動物」
僕は この事実を目の当たりにし、嫌悪感に似た 違和感を感じながらも
愛くるしい眼差しで ゲージ内を動き回る とある犬に見とれていた。
その時、その犬のゲージを覗きこんできた 老婦人がこう呟いた。
「いや!この犬は大きなりすぎやわ!アカン。アカン。」
・・・。
めちゃくちゃ不愉快だった。
何が アカン のか?
何を基準で 動物を育てるのか?
こういう人間が 不幸な動物達を増やしている。
小さい犬や 生まれて間もない犬は高い。
買い手が見つからずに 大きくなった犬は 安い。
その大きくなった犬に まだ買い手が見つからなかった場合・・・
その子たちは 殺される。
そう
毎日 たくさんの 犬・猫が 殺されている。
しかし業者は こんな言葉を使う。
「処分デス。」
ふざけるな。
「処分」 なんて言葉は 「過剰在庫」 を 「捨てる」時に使う言葉だ。
あまりにも 命の尊さを軽視しすぎてはいないだろうか。
最近 僕の身近な金持ちの間で、飼い犬の出産についての話がよく出る。
生まれた子犬達は 立派な血統書を持っており
1匹40万以上の値段が付くのだそうだ。
ただ、出産を終わらせた その母犬は たちまち子宮を摘出されたらしい。
その人達は 無類の 「犬好き」 を自負する。
だが果たして これが本当の 「犬好き」 と呼べるのだろうか。
僕には どうしても そう思えない。
ところで
そんな僕自身、犬も猫もその他の動物も 大好き だ。
動物愛護団体の人間ではないし 特に詳しい知識があるわけでもないが
近所の 「野良猫」 には餌をあげたくなるし、動物番組では すぐに泣く。
でも飼おうとは思わない。
以前は 子猫を拾って帰ってきて 必死に育てたりもした。
今でも その2匹の猫は 母親の元で元気に生きている。
でも 僕は今の暮らしの中で 飼おうとは思わない。
たまに親の家に行った時に 遊ぶだけでいい。
道端では 遠くから見てるだけでいい。
これが僕なりの 動物の愛し方だ。
ペットを可愛がっている人から見れば
こんな僕は 「ペット好き」 ではないのだろう。
それでいい。
僕は 「ペット好き」 ではなく、ただの 「動物好き」 なんだ。
こんな僕が いつか もし 「ペット」 を飼うとしたら・・・
きっと、その時 売れ残っている 「大きくなった犬」 を買う。