殿下-ism -69ページ目

今朝も寒かったなー。

皆様,こんばんは。

早速ですが,こちらをご覧ください。



こちらが,完全に凍りついた私の愛車になります。

現場からは以上です。
スタジオにお返しします。

(・へ・)


今朝はこのところで一番寒かったかもしれません。
なんだか今週は,ちらほらと雨だの雪だのの予報になっています。

いよいよ冬ですね。

風邪など引かないように,お気をつけください。


(・へ・)


(^_^)


(^_^;)


(^_^;;)


(@◯@;;)


orz


すみません,特に意味はありません。(笑)




私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。

雪が降りました。

皆様,こんばんは。

今朝未明,雪が降りました。

自宅ではこの程度。



ウサギ小屋は,自宅から標高が100m弱高いところにあるんですけど,
こんな感じ。



ま,この程度は降ったうちには入りませんね。

昼間はすごくいい天気でしたよ。


ニワトリが仲良く並んで卵を産んでいました。



品種にもよるのかもしれませんが,
うちのニワトリは,1羽が1日に1~2個の卵を産みます。
26羽いるので,30個ほどの卵が産まれるわけですね。

我が家で使う分をのぞいて,残りは近くの直売所で売っています。

ゲージではなく,「野飼」しているニワトリの卵は,やっぱり違います。
旨いんですよ,この卵がまた。


昨夜,ちょっと後輩を相手にメールのやり取りをして
なんとなく頭が疲れたので,気分転換にネット麻雀を。
(って,毎晩やってるじゃん。w)



「大三元」を上がりました。役満ですね。
久しぶりの役満です。

麻雀を打たれるかたならお分かりかと思いますが,
これ,「小三元,混一色」は確定の待ちですね。
「発」と「中」を鳴いている時点で,普通では「白」は絶対に切らないわけですが,
画像右側のかたは,リーチをしてしまっているので,
やむを得ず「白」を切ったかたちですね。
私の捨て牌からは,「混一色」はバレバレかもしれませんし,
「白」も,右のかたが切るまでは,場に1枚しか出ていませんので,「小三元」もバレていたと思われますが,
他のかたの捨て牌を見ると,「4ピン」待ちはバレてなかったかもしれません。
ま,結果として「白」が出たので,「大三元」に化けたわけですね。

麻雀って,そういう「駆け引き」があっておもしろいですよ。
適度に頭も使いますし。

しかし,ネットって便利ですね。
離れた人と麻雀が打てるんですから。
ヘッドセットを使うなど,環境が整っていれば,
会話をしながら打てるんですよ。
計算も自動でやってくれますし。
ま,たまにバグがありますけど。
私がやってるこの麻雀は,字牌を頭にしても「平和」が成立しちゃうという大きなバグがあるんですけど,
直る気配がありません。(笑)


さて,このところ寝不足が続いています。
明日もウサギのお世話。
早いとこ麻雀打って,寝よう。
(やっぱり打つんかい。w)



私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。

私という存在は,周りが決めるんだな。

皆様,こんばんは。

今ちょっと,後輩二人を相手にメールのやり取りをしています。
待っている間に,ブログを更新。

「ちょっと色々とありましてねー。」
的なことはちょろっと綴りました。

なんかこう,改めて「私」っていう存在を再認識するっていうか,
ひとりの「私」でも,見る人見る人によって,見方が違うっていうか,
そんなことを意識せざるを得ないような状況です。

たとえば,
私が「こう」言うと,
ある人には何てことなく伝わるけれど,ある人にはとても意味深気に伝わっちゃうとか,
かといって,
私が「そう」言うと,
ある人たちは全員慌てて起立しちゃうけど,ある人たちにとっては有り難迷惑になっちゃうとか,

うーん,ホントに難しい。

「私」という存在は,周りの人が決めるんだな。
自分がいくら,
「そんなことないよー!」って否定しても,
私をそう見る人はそう見ますし,
「オレはこうだよ!」ってアピールしても,
必ずしもそう見てくれるわけではありません。

色んな世代の音楽家と接してきましたし,
色んな形で接してきましたし,
それこそ現役バリバリの私と同じ時代を共にした人もいれば,
伝説化された私しか知らない人もいますし,
ウワサ程度にしか私を知らない人もいますし,
言葉を交わした人もいれば,
私を一方的に見ているだけだった人もいますし,

まぁ,とにかく,
「私」っていう存在は,
ホントにその人その人によって大きかったり小さかったりしますし,
遠かったり近かったりしますし,
上だったり下だったりしますし,
みんなの中での「私」は,決して「ひとり」じゃないんですよ。
私が思っている「私」とは,また別の「私」を感じてる人もいるわけですね。

それぞれの中で「私」の存在が描かれて,
私への接し方,見方がそれぞれ違ってくる。

私という存在は,周りが決めるんだな。

だから私も,相手によって言葉を選んだり,
相手によって異なる姿を見せたり,
まぁ,結局のところ,相手に合わせた姿勢を取る。

でも「私」は紛れもなく「ひとり」の人間ですから,
言いたいことや,やりたいことは,
どんな「顔」,どんな「立場」の「私」であっても,変わりはないんですよ。

そこが「ブレた」ことは断固としてない,
と言ったら嘘になりますが,
昨今は,そう頑なにっていうか,
あまり意識せずに過ごしてきました。

でも,ちょっと今,
ブレないようにしないとな,って意識しています。
「私」という存在を,それぞれ違う見方をする人たちを,
ちょっと同時に相手しないといけないので。

「私は,こうだ!」って,「私自身」が定義付けしても,
みんなは必ずしもそうとは見ていない。

私という存在は,周りが決める。
私は変わらぬ信念で,
そんな周りの人たちの中にいて,
それぞれの「顔」をして,
同じことを,違う言い方で口にして,
いくつかの「立場」で,
違うことを,ひとつの耳で聞く。

自分の技量が試されている気がします。

非常に抽象的な物言いで,すみません。



私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。