殿下-ism -42ページ目

不思議な言葉。

皆様,こんばんは。

毎度毎度の,今朝の浅間山。



アルプスも見えましたよ。



今日はちょっと忙しかったんですよ。
もうね,生き物相手ですからね。何があるか分かりません。
おまけに今日は不覚にも,
タバコを持っていくのを忘れたんですよ。
そうなると,もうイライライライラ。
我慢できずに,買いに行きました。(笑)
「あ,これ,小屋に置いとけばいいんじゃん。」
って思って,置いて帰ってきました。

ま,そんなわけで,お昼ちょっと前の浅間山とアルプス。






なんだかねぇ,北朝鮮がエラいことになってますね。
北朝鮮が・・・っていうよりは,たったひとりの暴走なんでしょうけど。
っていうか,たったひとりの国みたいなもんですけど。
そんなことないか。

肉親を殺害するとか,どうかしてる。
崩壊へ一直線・・・かな?

そんな国が隣国ですよ。怖いですよこれ。

なんか最近,世界が「変」に見える。
うまく言えないんですけどね,なんかしっくりこないっていうか。
マジかー。ったくもー。って感じ。

まぁ,
マジかー。ったくもー。ってことは,身近にもたくさんあるんですけどね。
そういえばいつも,マジかー。って言ってるような気がする。

「マジかー。」にも,色々とニュアンスがあって,
「・・・マジか。。。。。」ってため息つくこともあるし,
「おい!,ちょ,マジかよー!w」って笑ってることもあるし,
不思議な言葉ですね。

不思議な言葉といえば,
ちょっと前にネットで,
「若い人はSNSなどで「了解です」を「りょ」で済ませる」
っていうネタを見かけたんですね。
で,昨日後輩からLINEで連絡があったので,
「りょ」
って返してみたんですよ。
そしたら,
「もう「りょ」は古いみたいです。」
って返事がありました。(笑)
それこそ「マジかー。」って思いながら,
「へぇ,じゃぁなんて言うの?」って聞いてみたら,
「最近は「り」で大丈夫みたいですよ。」
って返事がありました。
「へー。り。」
って返しておきました。
日本語崩壊ですわ。

でもまぁ,
「あなおほけな」
とか言ってた時代があるわけですからね。
言語は変わっていって当然だと思いますけど。

それにしても「り」にはビビりましたよ。
凄いですね。(笑)

他にもそういう不思議な言葉ってあるのかなぁ。
ちょっと調べてみよう。
少しでも若い連中と距離が縮まるように。
(これ,今の私にはすごく大事なことです。)




私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。

今日と昨日と一昨日のこと。

皆様,こんばんは。

一昨日の日曜日に,埼玉県某所へ行ってきました。
で,現地に一泊して,昨日長野に戻ってきました。

とりあえず,今朝の浅間山の様子から。



今日のウサギ。
この父ウサギは,いつも脱走します。(笑)



なんとなく暖かい日が続いていますが,雪はまだこれくらい残っています。



その後の浅間山。
なんかちょっと,噴煙(蒸気)を上げていましたよ。




続きまして,一昨日と昨日の様子。
順番に写真付きでご紹介。

日曜日の朝,いつもどおりウサギのお世話に。
浅間山の様子。



アルプスも少しだけ見えました。



ウサギの小部屋に,藁を敷いてやるんですけど,
要するに糞尿で汚れますから,毎日替えるわけですね。
藁と籾殻を混ぜたものを敷きます。
一気に作って溜めておくんですけど,ちょっと少なくなってきました。



ということで,作り溜めしました。
トタンに穴が空いていて,反対側に裁断機。
藁をこれに通すと,ガーッと細かく裁断されます。



で,カットされて飛び出してくる藁と,籾殻を混ぜつつ,
とりあえずこれで,また数週間保ちます。



なんかこの写真だけでは,量が分かりませんね。

そんなこんなで,また浅間山。



今月の頭に,新たに家族になったパピヨンの「ココ」。
まだ小さいので,家にひとり置いて出掛けられないんですよ。
なので,ウサギ小屋に連れて行っています。
当初は「どこに連れてこられたんだ?」ってな具合に慌ててたんですけど,
この数日で自分の状況が分かってきたようです。
トイレもちゃんと覚えてきて,基本的には賢いのかなぁ,なんて思っています。



で,私は帰宅。
着替えて,早々に出発。
佐久平PA(スマートインター)からの景色。13時15分。



高速を走る車も少なく,渋滞もなく,
スムーズに現地に着きました。
とりあえず近くのビジネスホテルにチェックイン。15時過ぎ。



楽団の練習が夕方からだったので,少しだけホテルで休憩。
想定どおりの時間配分です。
そして練習場所へ。

練習中にコッソリ1枚。18時30分。



こういう雰囲気は,非常に懐かしいです。
やっぱり私は,こういう空気感が好き。
今回で3回目となる訪問。まだ全員の名前を覚えられない。(笑)
もちろん,古参のメンバーは分かりますけどね。

難しいのは,
「みんなは私の名前を知っているけど,私はみんなの名前を知らない」っていうところ。
だからといって,なんかこう改めて「えっと,お名前は?」なんて聞くのもちょっと気が引けてしまいます。

21時30分まで練習。
その後,なんだかんだいいながら,数名で夕食へ。22時30分過ぎ。
なんか腹が減りすぎて,逆に食欲がなくて,
「えっと,ご飯少なめでお願いします。」って注文しましたよ。



お酒ではありませんよ。ドリンクバーです。

昔話したり,今後の話をしたり,
関係ない話をしたり,
いやー,いいですね。仲間って。

そんなこんなで解散。
私は,再びホテルへ。



ちょっと作業をしたりして,ベッドに入ったときには深夜の1時30分を回っていました。


翌朝。(昨日の月曜日。)
もっと早く起きようと思っていたのですが,ちょっと寝すぎた。



すぐにチェックアウトして,一路長野へ。
近くのICから高速に乗ったんですけど,上下線を間違えるという痛恨のミス。
次のICですぐ降りて,Uターン。無駄金を使ってしまいました。

で,無事に(無事じゃないか。w)佐久平PAに到着。
かなり順調でした。



一般道で自宅まで。
到着。10時30分。



私の愛車は,よくエンストするんです。
数回修理に出しているんですけど,直らないんです。
もはや,エンストするタイミングっていうか,「こういうときにエンストするよね」っていうのが分かってて運転しています。
幸い,走行中に止まっちゃうことはなくて,
信号待ちの間とか,発進した瞬間とか,バックに入れた瞬間とかにエンストします。
信号待ちの間はギアをニュートラルに入れて,左足でブレーキ踏んどいて,少しだけアクセル踏んで吹かしておくんですよ。
で,発進する瞬間にアクセル離して,ドライブに入れて,ブレーキを離す。少し急発進気味にアクセルを踏む。
そうすると,エンストしないで発進できます。
信号待ちの間にエンストしても,シレッとエンジンかければいいですけど,
進み始めた瞬間にエンストすると,割りと迷惑ですし,なにより恥ずかしい。
「慣れないマニュアル車運転してる人」みたいになってます。(苦笑)

まぁ,そんなんで,余計に疲れるんですよね。
昨日の夜は,いつも以上にぐっすり眠れました。


2台前にエルグランドに乗ってたんですけど,
あれはいい車だった。乗り続けてればよかった。
ホント,それは後悔してます。

これまで乗ってきて,いい車だなーって思ったのは,
ランクルとインプレッサとフォレスターとエルグランド。
ランクルは排ガス規制で関東で乗れなくなり(当時),
インプレッサはオカマを掘られて全損,
フォレスターは謎の故障が続き手放し,
エルグランドは「長野でうっかり車検切れに気づいちゃった事件」により埼玉(車庫証明取ってる三郷)へ帰れなくなり手放しました。
これ,シレッと三郷まで帰っちゃえば良かったんですよ,今思えば。
なんで長野にいるときに気づいちゃったかなーって感じ。
気づかなかったことにして,帰っちゃえばよかった。ホントに。
後悔してるんですよ。
一番お金かけた車だったなー。

それからですよ。「これからは中古車でいいや。」って開き直ったのは。

って,なんの話してんだ?(笑)


ということで,今日と昨日と一昨日のお話でした。


私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。

いろいろと思うところはあります。

皆様,こんにちは。

先日,ウサギの出荷日だったので,
今はいっとき,羽数が少ないのです。
ということで,先ほど帰宅しました。

で,ワイドショー的な番組をチラ見していたのですが,
清水富美加さんの話題で持ち切りですね。

前々から申し上げているとおり,
私は無宗教です。
そりゃ普通に,死んだときにはお経を上げて欲しいですし,
少なくてもいい,仲間に見送って欲しいですし,
出棺のときには音楽なんか流してもらってもいいですね。
できれば三郷がいいな。
そこで,普通に小さなお墓に入りたいです。
それは,仏教云々だからではなく,日本人としての「文化」だと思っているからです。
だから,特定の宗教には関心がありません。
そして,いわゆる「新興宗教」は大嫌い。
「文化」とは呼べないからです。
ましてや,教祖が教えを広めるならまだしも,ペーペーの信者が友人知人に必死になって「勧誘」を行うなど,以ての外だと思っているからです。
自分の価値観を人に押し付けるなど,迷惑極まりない。

清水富美加さんが「出家」(って呼ぶのもおかしいと思ってますが)をするのは,自由です。
どうぞご勝手にって感じ。
信仰は自由ですからね。誰が何を信じて崇めようが,それは自由だし,ちゃんと認められていることですし。
ただ,今任されている女優としての仕事を「無責任」な形で放棄してしまうのは,ちょっと違うと思うんですよ。
「これが終わったら出家しよう」って思いながら,ちゃんと最後までやらないと。
気はそぞろだったとしても,途中になっているものは片付けないと。

「神のために働く」とか「慈善行為を行なう」とか述べておられるようですが,それはそれで立派なことです。
ただ,「大きな幸せのためには,多少の小さな幸せは犠牲にしてもいい」みたいなニュアンスのことを言っちゃってるからダメなんです。

幸せに,大きいも小さいもない。
仮にあったとしても,大きな幸せは小さな幸せが積み重なったもの。
私はそう思うんですよね。

大きな幸せ(?)ばかりを求めている人は,日々の些細な幸せ(これを小さな幸せと呼ぶのかな)を見逃しているのかな。
だとしたら,それは不幸なことですね。

「性的な目で見られるのが嫌だった」って仰ってますけど,
「じゃぁ,女優になんてならなきゃ良かったんじゃないの?」って素朴に思ってしまいます。
人の目に晒される仕事なんかしなければ良かったわけですよ。
「夢を売る」っていう立派な仕事を選んだんだから,それを言っちゃぁお終いよって感じ。
「水着の仕事が嫌だった」って仰ってますけど,
「そんなの普通にNGにすればいいじゃん。」って思うわけですね。
ご本人は断り続けたそうですが,最終的に事務所との話し合いで納得して水着になったそうですね。
「じゃぁ,後から文句言うんじゃないよ。」ってことですよ。
普通に「水着NG」で活躍されている女優さんなんて,たくさんいますよね。
断固としてそうすればいいだけの話。

「出家する」なら,そのことだけを堂々と言い張ればいい。
「ああだった」「こうだった」って言うのは,ちょっと筋違い。だって,それが出家の「理由」じゃないはずですから。
「神のために働く」ことが理由なんでしょ?
じゃぁ,つべこべ言うんじゃないよ。

たとえば,「事務所を移籍する」とか,単純に「女優業を引退する」とか,そういうことであれば,当然「ああだったのは納得できないから移籍します」とか「これが嫌なので引退します」って言ってもいいと思うんですよ。

「休みもなく安月給だった」って仰ってますが,これも同じ。
それなら,それこそ給料の良い事務所に移籍するか,転職すればいいですよね。
「幸福の科学」でしたっけ?「出家」すると,お給料が貰えるそうですね。
ハッキリ言えばいいんですよ。「女優やってるよりオカネになるから。」って。

その宗教団体では,結構な頻度で映画を作っているそうですね。
清水富美加さん,それに出演するとか,しないとか。
「結局女優じゃん。」って思うわけですよ。
売れたくして,必死に頑張って,それでも無名の女優さんなんて頭にきちゃうんじゃないですか?
団体側としては,「広告塔」にうってつけの人材ですよ。まだまだ若いし。人気もあるし。
えてして新興宗教なんて,エライ人はカネのことしか考えてないですからね。(思いっきり偏見。w)
末端の人たちは,真剣に素直に信じてるのに。
エライ人は会員(?)を増やしたくて,末端の人たちに勧誘させるんでしょ?
でも末端の人たちには,そんな邪念はなくて,良かれと思ってやってるわけですよね。
「洗脳」って怖いわ。

それならまだ,「殿下一門」のほうがマシ。
弟子は増えないし,カネも取らないし。
教えることなんてないし。(え?)
そう,「答えは俺の背中に書いてある。」精神ですから。

信仰の自由とか,宗教の自由とか,それが認められていることは素晴らしいと思うんですね。
みんな考えかたも違うし,生きてる環境も違うし。
そうなると,価値観だって違ってくるし。
助けて欲しいときって,誰にだってありますよね。
藁をもつかむ思いっていうか,神頼み的なピンチに見舞われることは,誰にでもある。
そんなとき,何にすがるか,何を信じるか,それはまさに「それぞれの自由」ですよ。
「お百度参り」する人もいれば「八十八ヶ所巡礼」する人もいる。
「厄落とし」行く人もいれば「滝行」する人もいる。
手のひらを合わせて拝む人もいれば,両手を組んで拝む人もいる。
お経を上げる人もいれば,賛美歌を歌う人もいる。
仏壇にお線香を上げる人もいれば,決まった方角,決まった時間に頭を床につける人もいる。
気持ちが救われて,安心できるなら,なんだって良いんですよ。
みんなの自由ですよ。

「本番前に殿下さんに「大丈夫だ。」って抱きしめてもらうと,上手くいく」
っていう,それはもう可愛い後輩がいます。
それでいいんですよ。
だからって私は,みんな全員を抱きしめたりはしません。
押し付けになるから。
みんなそれぞれのジンクス,決まりごと,ルーティーン,儀礼があっていい。
それでみんな,上手くやってる。

それぞれが「自由に」信じているものは,それが必ずしも他人に当てはまるものではありませんよね。
押し付けはダメ。
だから,「興味ない」って言ってるのに,しつこくパンフレットを渡してくるような新興宗教は大嫌い。
考えかたが合いません。
「興味湧いたら,こっちから訪ねていくからー。」って感じ。

清水富美加さんは,ご両親とも「信者」だそうで。
そういう環境で育ったわけですから,それを信じて崇めるのは当然ですね。
だから,ああだこうだ言わないで,前だけ向いて,信じるものだけ見て,信じるもののために生きればいい。
ただ,人として,与えられていることだけは,ちゃんとこなさないと。

清水さんが出演する(予定されている,あるいは撮影中である)作品が「打ち切り」になったりしたとして,
たとえばその作品に「デビューのチャンス」なんかを掛けている無名新人さんなんかがいたとしたら,
清水さんはその人のチャンスを潰しちゃうことになりますね。
それでなにが「神のために」だって話ですよ。私に言わせれば。


と,まぁ,いろいろと思うところはあるんですけど,
もう言わない。(十分言ってる。w)

ひとことで言えば,
「やろうとしてることは良いんだけど,プロセスを間違えてない?」
ってことです。


以上,「殿下一門」の殿下教祖がお伝えいたしました。(笑)



私の「原点」3部作,併せてお読み下さい。
ティンパニストとしての原点。
音楽家としての原点。
「雑草」としての原点。
殿下はこんな要素で出来ています。