私の高校時代の友人で、現在は著名な建築家として活躍されているA君は、ある同窓の講演会で「われわれの仕事は要素を組み合わせて、あらたな‘意味’を創り出すこと」だと語っていた。建築のデザインとはもちろんアート=芸術の一領域であることはいうまでもない。人間の住むところはただ雨風をしのげればいいというわけではなく、エステーティクな(esthetic, ästhetisch)空間としての意味のまとまりは必要で、その空間の形姿は人間の気分、心身にまで作用する。

 「要素を組み合わせてあらたな意味を創り出す」というのは、しかし建築に限らずどの芸術でも自明のことである。かかわる人間の感官が異なるということだけだ。絵画であればその要素は「色」、「線」、「構図」、「ものの配置」、「画材」、「明暗」、「タッチ」などであろうし、人間の視覚にかかわってくる。音楽であれば、音の「高低」、「強弱」、「テンポ」、さらに「和音」の組み合わせ、「楽器の配置」ということになり、人間の聴覚にかかわる。

 ワインを考えるのも同じこと。ワインの味の基本要素として考えるのは「酸味」、「残糖」、「香り」、「苦み(タンニンの有無)」、さらに「アルコール度数」、「ミネラル感」、「余韻」。やはり要素の組み合わせでそれぞれのワインの個性は決まっていく。

 そこまで分析的に考えるから産地にとらわれずさまざまな料理との組み合わせ、「相性」を考えることができる。白身魚か天ぷらか、マグロか、貝や甲殻類か、貝でも牡蠣は味が濃厚だから……といろいろ考える。肉でもブタ、牛、鶏と一般的なものだけでなく、馬、兎、ジビエ等々。どう料理するのか、ソースはどうするのかで最適なワインは違ってくる。フランス料理にはフランスワイン、イタリア料理にはイタリアワインなどという単純な考え方をする人は、私のワイン仲間にはいない。和食との相性を考えたり、実に創造的である。ここでも考え方の基本は「要素とその組み合わせ」だ。美食が芸術だとしたらそれは「味覚」に作用する。

 夏にフランスに行ったときやはり食べたくなるのはPlateau de frutis de mer(日本語で言うとシーフードプラッター)だ。ワインであれば、これになにをあわせるか?赤ワインしか知らない人は、これに答えは出てこない。

 

 正解はゲヴュルツトラミネール(Gewürztraminer)、フランスだったらアルザス産だが、ドイツのバーデンやラインヘッセン産でもよい。柑橘類や薔薇のアロマが淡泊な魚介類に非常に合う。

写真は私のものが見つからなかったのでWikiから転載。Arnaud 25氏によるもの。ただし、牡蠣は味が濃厚なのでゲヴュルツには少し合わせづらい。

 

 

 

 

 蛇足になるが成功した要素の組み合わせを「型」と呼ぶこともできる(私自身は「型」という言葉を使わないが、ここでは分かり易いのである人が使った言葉を借用してそういっておく)。「型」を学ぶとは人が発明、発見した、「成功した」要素の組み合わせを学ぶということである。基礎を学ぶために特定の型を反復練習することがアーティストに必要な時期があることを私は否定しない。しかし、ただまねるだけで、新しいものを創り出せない人は近代以降は芸術でも、科学でも一流と評価されることはない(だから芸術家も科学者もみんな新しいものを創り出そうと努力している)。