㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ジェシンが基本的な確認をしたかっただけなのだが、結局『隠した』とユンシクが言ったキム家の令嬢、ユンシクの姉娘には会えなかった。母親の方は、隣部屋の前までいき、少しだけ扉を開けてもらい、真っ白な顔で頷くのを確認できた。だが、ユンシクはかたくなに姉娘のかくまっている場所を言わなかった。
「俺が疑われているようでいい気分ではないのだが。」
流石にジェシンは文句を言った。無事を確認したいだけなのだ、と何度も言ったのだ。おぞけを振るうような叫び声の原因である父親は重傷だが、その他の家族が無傷であれば不幸中の幸いだ。やはり確認はしたいし、しなければ調査が中途半端だ。だが、無事です、大丈夫です、けれど少しでも気取られたくないんです、と頸を振るユンシクに、ジェシンはてこずった。
てこずっている間に、部下が馬を使って医師を連れてきた。キム家では初めての医師らしく、ユンシクはしかめつらしく挨拶をしていて少し笑ってしまった。医師はユンシクと部下の兵士に手伝わせて傷を改め、矢張り難しい顔をして、湯を沸かし煮沸するようにと小さな箱を渡してきた。そこには針が入っており、違う袋から絹糸を出してきた医師は、矢張り縫った方がいい、とジェシンにも言った。
「少し手当としては遅いかもしれませんが、少しでも出血が止まれば、多少の希望は・・・。」
「縫わなければどうなるのだ?」
ジェシンはずばり聞いてみた。ユンシクは厨に湯を沸かしに走り、キム家の当主の枕元にはジェシンと医師しかいなかった。患者本人は薄く目を開けて荒い息を吐いている。意識はあるのだろう。ジェシンの言葉に反応して、のろのろと視線を医師に投げた。
「縫って、出血が止まり、発熱が緩やかになれば助かるでしょう。だが、縫わなければこのままずるずると体力が落ちていくだけですな。」
そう言った医師の言葉に、ジェシンは頷き、視線を医師に投げたままの当主に話しかけた。
「キム殿、お医師はこう言っておられる。あなたのご希望を聞こう。」
すると当主はゆっくりと口を開いた。
「息子はまだ・・・病弱で幼い・・・のです・・・娘もまもら・・・ねば・・・。少しで・・・も・・・き、希望があるなら・・・治療をおね・・・が・・・いしたい・・・。」
うむ、と頷いたジェシンは医師に会釈し、お願いする、と頼んだ。
「外科的な治療はお任せください。私はどちらかというと外科を専一に学んできましたので。傷に使う塗り薬も、熱を下げる薬種も持ってきました。とにかく、縫って、消毒し、そして熱を下げる、この一晩でそれができるかどうか。そして患者の体力気力です。」
扉が開いてユンシクが入ってきた。真っ白の晒の上に湯気の上がる針。それを医師が薬箱の箱のふたの上に並べた絹糸の隣にそっと置いて深く伏した。
「父をよろしくお願いいたします。」
上げた顔色は悪かった。色が抜けているように見えた。恐怖と、緊張だろう。何しろ目の前で医師は縫物でしか見たことがないだろう針に糸を通し、赤黒く腫れている傷口に刺していくのだ。
「・・・手当てをずっとしていたのだ。今更だろう?」
ジェシンが敢えて平坦な声で言うと、小さくユンシクは首を振った。違和感はあった。父親は、病弱で幼い、といった。確かにジェシンよりは年少だが、幼いと言われるほどの少年でもないし、何より病弱に見えない。細っこいが。だが、今は目の前のけが人の治療だ、とジェシンは視線を医師の手元に向けた。兵が二人掛かりで押さえている。大きく暴れる体力は今はないはずだが、だが、痛みは体を反応させる。手元が狂っては治療にはならない。
「だって・・・わ・・・僕しか手当てをする人間が・・・いないじゃないですか・・・。」
細い声で呟いたユンシクは、それでも視線を医師の手元に固定していた。見るのも怖いし辛い光景だろう。自分の身内、父親の体が傷ついているのだ。けれど、その瞳は、必死に父親の傷を見詰めていた。
大丈夫だ。そう言ってやりたかった。だがジェシンは医師ではない。いい加減な励ましは、出来なかった。