それからの成均館 -7ページ目

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 いくら武術を治め、人を捕える仕事をしていると言っても、常に戦闘状態であるわけではなく、医師の縫合手術は、キム氏を医師を手伝って押さえつけている兵にとっても凝視できないほどの痛々しさだった。ジェシンも勿論そうで、息子のユンシクには尚更だったろう。数日素人判断でしか手当てされていない切り傷は赤黒く周辺まで腫れあがり、医師は、縫う前にそれこそ化膿している箇所を切開して膿の始末をしたほどだった。感覚がマヒしているのか、針を通すたびに小さくは震えるが、力任せに抑えるほどの体の動きはなく、兵が手と、それから傷の場所から近い頭を押さえるのとで固定は十分だった。半刻に及ぶ縫合の後、眠ってしまう前に、と薬湯を飲まされ、キム氏は気が遠のくように床に沈んだ。

 

 ジェシンも縫合手術を見るのは初めてだったから、緊張しながらすべてを見届けた。途中隣に座るユンシクを見ると、真っ青な顔ではあったが、背筋を伸ばし、医師の手元を見続けていた。医師が手を洗い、薬湯を手早く飲ませ、一通り終わったと息を大きくつくと、ユンシクは崩れ折れるように伏して、礼を言った。

 

 「お父上がご回復に向かったら、その時に礼の言葉を頂戴します。ここからどう転ぶか分かりませんから、今はまだ礼には早い。」

 

 医師はそう言うと、ユンシクはうん、うん、と頷き、この後の手当てについて聞いた。額を良く冷やし、時に首筋やうなじ、太ももの付け根などを良く絞った手巾でこれも冷やしてやること。傷口は塗り薬をこれから必要分練るので、それを、今貼っているものが乾いて剥がれてきたら、布にたっぷりと塗布して貼りかえる事。薬湯は、目が覚めれば夜中に同じものを作っておくので飲ませる事、朝の分は煎じでやるように。その言いつけをいちいち書き留めたユンシク。ジェシンはついその手元を覗いた。

 

 整然と並ぶ文字に、ジェシンを目を見開いた。さささ、と走り書きのように筆を動かしているようにしか見えないのに、ジェシンなぞひっくり返っても書けないような、手本のような整った字。文頭も高さが揃い、見た目にも美しい。

 

 自分が書いたものを読み上げて、医師が頷くのに安心したようなその顔が、幼いものに戻っていることに、ジェシンは驚きながらも安心した。気を張っていたはずだ。家族の中でまともに動けているのが彼だけなのだ。この家で最も年少であるのに。ジェシンは戸籍をまた頭に浮かべた。キム・ユンシク、生まれ年から数えると確か・・・18歳。

 

 別室で薬の用意をするというので、ユンシクは医師を案内していった。治療の手伝いをした兵二人はそこで大きく息をついている。なかなかに刺激の強い体験だったのだろう。人の体を目的をもって切ったり縫ったりする行為は、ある意味兵の仕事より勇気のいるものなのだと、ジェシンも初めて医師という仕事に感心した。

 

 「一旦ふもとに降りよう・・・だが・・・もしご当主が急変したら医師を呼びに行く足がねえな・・・。」

 

 しばらく考えたジェシンは、戻ってきたユンシクに提案した。

 

 「屋敷の片隅で良いから、二晩ほどこちらにいてよいだろうか。お父上の容態も気になるし、何しろ被害者だからな。もし少しでも回復されたなら、行方の分からないハ氏の行き先をご存じか・・・予測できるかもしれないだろう?君にとっては十数年の親戚づきあいだろうが、お父上はもっと相手のことをご存じだろうから。」

 

 「・・・父が訴えたら・・・大叔父は捕まって罰されますよね・・・。」

 

 「当たり前だ。人を害しようとして、実際命の危険にさらしている。罪は罪だ。」

 

 何をためらっている、とユンシクに聞くと、ユンシクは小さな声で答えた。

 

 「ハ家には、僕より少し年上のご子息と・・・僕と同年の令嬢がいます。大叔父が罪に問われたら、家はどうなるのでしょう・・・。」

 

 それは、とジェシンは言葉に詰まった。

 

 「どんなふうに罪に問われるのか俺には断言できない。だが、人に対して剣を振り回すような男を野放しにしておくわけにもいかないんだ。」

 

 頷いたユンシクは、ジェシンと数人の兵が屋敷内にとどまることを了承し、水を汲んできます、と静かに立ち上がった。

 

 

 

 

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