㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
伝言をしに行った兵も帰ってきて、けが人の当主を見守っていた兵も呼び寄せて夕餉を食い始めると、暫くしてユンシクも戻ってきた。
「粥はお替わりもありますよ。」
と鉄瓶を熾火になりかけている竈から炭火をとって火鉢に移して、その上に置いた。そして自分も端に座り、自分の膳に向って箸をとった。
「いただいてよろしいですか?」
勢いよく粥を掻きこんでいた一人の兵が訊ねると、頷いて立ち上がりかけたユンシクをジェシンは制した。
「触ってよいなら自分でさせてよいか?」
「はあ。その方がよろしいですか?」
きょとんとしたユンシクが聞き返すので、
「俺たちは客人でも何でもないのだ。邪魔しているだけだし、兵は身の回りのことを自らすることに慣れているからな。」
そういうものですか、とユンシクが素直に頷いたのを見て、兵は立ち上がり鉄鍋に向かった。もう一人も急いで粥を掻きこんで、俺も戴きます!と追いかけていく。
それを見ながらユンシクが匙で粥をすするのをジェシンは見ていた。一口、二口と冷めかけていたウサギの干し肉入りの粥を食べて、うん、と頷いている。さっきからジェシンも食べているが、ほんのりとした塩味と、淡泊だが鶏肉のような味が染み出たウサギの肉の出汁の効いた味で、ただの粥よりも随分美味かった。
「鶏卵が手に入るのはうらやましいです!」
一人の兵がお替わりの粥の上にキムチの卵炒めを載せながら言う。彼は確か、都近くの村から来た平民出身の兵だった。力があり、賢いので、平民出身の兵の中では出世頭だ。
「俺の実家は鶏卵は売りものでしたから!」
「お金に変わるものは大事ですよね。」
「はい!」
淡々と答えるユンシクに、兵は元気よく返事をする。おいおいお前の方がだいぶ年上だぞ、確かにこいつは両班の坊ちゃんだが。
「うちはこの敷地ですので、家屋以外に広く場所を取れないんです。鶏小屋が精いっぱいでしたし、たくさんとれた時はそれこそ野菜とかと交換できるんですよ、お金がわりに。」
「鶏は卵を産まなくなったら食えますしね!」
「ええ。でも僕、鶏をしめたことはないんです・・・。」
怯えたような顔で言うユンシクは、その華奢な容姿と相まって、なるほどそうだろうと思わせた。兵もそう思ったらしい。
「若様はしなくていいですよ!でもそれならだれが・・・?」
「出入りの村人に肉を分けてやる代わりにしてもらいます。同じぐらいに生まれた鶏は、潰す時期も一緒ですから大体2,3羽一度にしますからね。」
だまって食べていたもう一人が、またお替わりに行った。どれだけ炊いたんだ、と心配になったが、結局兵二人が三回お替わりをして鍋は空になった。ユンシクはにこにこと嬉しそうに自分も膳のものを平らげた。勿論ジェシンも。
キムチの卵炒めも美味かった。たいして味付けをしていないのは見ていたが、キムチのうまみと卵の甘さ、そしてごま油の香りがいい塩梅だった。午前中にこの屋敷にきて、医師による当主の手術を見守ったりしている間に腹はすききっていたのもあっただろう。ユンシクが粥の入っていた椀に湯を注いでくれたので、それをゆっくりと飲みながら、満足した気持ちでいた。
洗い物を引き受けた兵に大きなもの・・・鍋三つの洗い物を頼むと、ユンシクは湯冷ましをもって父親の所へ行った。しばらくすると少し量の減った椀を抱えて戻ってきて、また引き返し、母と姉娘の膳を持って帰ってきた。どちらもジェシン達に用意された物より少量に盛られていたが、全部綺麗に食べられていた。
兵二人に夜の見張りの指図をし、交代制にしているのをみて、ユンシクは小さな部屋を一つ開けてくれた。こんな部屋で申し訳ないけれど、というその部屋は、片側の壁際が書物棚になっているところだった。
「僕たちが父に・・・学問を教わる部屋なんです。小さな屋敷ですから、部屋数がなくて・・・。」
「いや、屋根の下で休めるほどありがたいことはないが、またこれは・・・。」
立派なものだ、と呟いたジェシンに、ユンシクは照れたように鼻の下をすん、とこすった。