㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
父は学者になるべき人でした、とユンシクは言った。
「少年の頃は同じ派閥の・・・一応南人には籍を置いているんですが・・・師匠が営む書院に入り、大層学んだようです。けれど、家の生業を継ぐことも大事だと、小科は受けて合格し、後は自ら書物で学びながらキム家を継ぎました。姉に読み書きを教え、大層それが好きだと知って、母は嫌がりましたが、父は鷹揚に姉が知りたいことを教えたようです。けれどそれが功を奏して、忙しい父に代わり、床に臥せがちな僕の傍で素読を繰り返してくれたのが姉だったので、母は既に姉の学問好きを黙認しています。この部屋は・・・僕たちにとって宝が詰まったような部屋なんです。」
壁の一角を覆うようにある書物の山を、ユンシクは愛おしそうに眺めた。
「ムン・・・様は勿論大科にもお通りになって官吏にお成りなんですよね。」
ユンシクに尋ね返されて、ジェシンは頷いた。
「ああ。成均館で学び、大科を受けた。南人・・・と言ったな。お父上は残念なことに、南人が任官を王様から禁止されていた世代のお方だろうな。」
「そうなんです。それもあって、年齢もそれなりにいってから小科をようやく受けることができた、と申していました。」
「君は・・・受けないのか?」
「はい。僕は次回受けようと思っています。」
「じゃあ、体を強くしねえと。」
学問で体を壊すものもいるのだ。科挙は体も精神も削る過酷な試験だった。
「分かってます。」
そういうと、ユンシクは身を翻し、何処かに行った。ジェシンが本を眺めていると戻ってきて、その手には数枚の長衣があった。
「父の古着で、もう夜具にしようと置いてあったものです。日には干してあるので・・・。適当にお使いください。」
本もご自由にお読みください、とぺこりと頭を下げ、ユンシクは部屋から立ち去った。とは言ってもすぐ隣の棟のけが人の部屋に入っていったが。
その後、ジェシンは部屋にいたが、何度か水をくむ音が聞こえ、扉の開け閉めできしむ音も聞こえた。交替の兵が、今若様が傷の張り薬を貼りかえようとしておられたので手伝いました、と言いながら戻ってきた。あの匂いの凄い薬、飲めるんですかね、と言いながら。聞くと、匂いだけで参って、せんじ薬を飲ませるときには部屋から退散したのだという。熱はまだ高いが、貼り薬の交換時に目を開けると、受け答えがはっきりとした言葉になっていたのだそうだ。あれなら薬も飲めるでしょう、俺は勘弁です、とのたまうので、お前の懲罰は薬の一気飲みにしてやる、と言っておいてやった。
とにかく医師の指示通りに夜は更けていっている、とジェシンは少し眠ることにした。交替した兵はさっさと寝ころんで、ユンシクがかしてくれた夜具代わりの長衣を気にもせず使っている。書物には一切目をやらないのは、興味がないからだろう。
儒学の書一通り・・・農学書・・・天文書まである・・・。研究熱心な方なのだろう。
農学書をパラパラとめくってみて、ジェシンはぱたりと閉じ、寝転がった。目をつぶる。あいつ細すぎるな、科挙を受けるならもう少し頑丈にならなければ辛いだろう、男にしては首が細いし、腕なんか俺の太さの半分ぐらいじゃねえか?いくら病持ちだといっても、ちょっとな・・・。
見ている間はくるくると家族のために働いていたものだから、その動きの様子から体が弱いとはあまり思えなかった。だが、体の華奢さはその事実を肯定できるほどには細い。はきはきした言動とそのはかなげな容姿がつながらず、ジェシンは多少混乱していた。
また扉がきしむ音がした。少しは眠らねば辛いだろう、とジェシンはけが人の看病を替わってやろうと思った。そっと立ち上がり、足音を忍ばせて外に出た。兵は交替で屋敷の周りを見張る。こま切れな眠りは深い。眠らせてやらねばならない。
果たしてユンシクの姿があった。だが、ユンシクは水場にはいかなかった。反対側、建物をぐるりと回っていく。ジェシンは思わず後を追った。どこに行くのか、ものを運ぶのなら手伝ってやろう。
ユンシクがたどり着いたのは小ぶりの蔵の前だった。ほとほと、と叩くとしばらくしてごとごとと音が鳴り、きい、と扉があいた。するりとユンシクはそこに入っていった。
姉娘・・・がそこにいるのか。
ジェシンは興味を押さえられなくなって、扉の前まで忍んで行った。