それからの成均館 -10ページ目

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ジェシンは部下の兵をどかし、自ら門扉の隙間を覗いた。山の斜面の高低を利用している塀なので、人の手が入っている板塀は低くとも、元の土台となっている天然の土手が高いのだ。

 

 細い隙間の向こうには、斜面上の建物ゆえ、見た目よりかなり狭い庭があった。その真ん中に低く石の積まれた井戸だろう。そこに白い網巾を巻いた少年がくみ上げた桶から、小さな桶と盥に水を移していた。盥には白っぽい衣服。肌着だろうか。そして何回か汲みあげた水が満足いく量になったのか、しゃがんで盥に腕を突っ込んだ。

 

 その時に片まで単衣の袖をたくし上げた。その腕の細さと白さに、ジェシンは驚いた。少年とはいえ、本当に、男か?

 

 隣にいた兵が、突入しますか、と小声で訴えて来る。少し悩んでいると、少年がこちらを振り向いてきた。その時初めて正面から少年の顔を見てまた驚いた。

 

 色白で小作りの顔は、少年というより少女のものだった。しかしその黒い瞳は強い光を湛え、じっと門扉を睨み据えている。

 

 声を掛けようとした途端、先に口を開いたのは少年の方だった。

 

 「そこにいるのはだれだ?ここがキム家の屋敷と知って訪ねて来たものか?」

 

 澄んだ、高い声だった。

 

 ジェシンは構える兵を押さえ、声を張り上げた。

 

 「王宮の吏曹からきた、ムン・ジェシン、というものだ。この辺りで狼藉があったと訴えがあり、村が逃散したという事で調べに来た。話を聞かせてもらえるか?」

 

 「逃散・・・?」

 

 細く優美な眉をひそめた少年は、暫く黙ったものの、覚悟を決めたようにきっと門扉を見据えた。

 

 「ここしばらく里に下りておりません。下の様子がわからない。医師を呼ぶよう言いつけた者も戻ってこないし、勿論医師も来ないのはそのためか・・・。とにかく、お話を僕の方も伺いたい。」

 

 許しが出たとみて、ジェシンは門扉を開けた。別に閂がかかっているわけでもなく、それはすんなりとギイギイ音を立てて開いた。小さく構えている兵たちに、ここで待て、と言いながら少し考えて、一人だけついてこい、と顎で示して入っていった。

 

 少年は、いきなり現れた背の高い役人と、物々しい兵の格好に一瞬怯えたが、大きく息を吸うと、ぐっと胸を張った。手は濡れたまま、シズクが垂れている。ジェシンは素早く盥の中を見た。やはり衣服は肌着だった。そして晒し。晒には茶色の染みがついている。おそらく血痕。

 

 「訴えというのは、何ですか。我が父が切り付けられたことでしょうか。」

 

 少年は胸を張ったままにらみつけるようにしてジェシンに言い放った。ジェシンは頭の中に調べてきた戸籍を思い浮かべる。少年。このキム家には一子、ユンシクがいた。あと姉娘。確か名はユニ。

 

 「誰がどうなったかは何の情報もない。ただ狼藉があったと思われる声、騒ぎを村人が聞き、村に異変が起こっていると怯えて三々五々逃げ出したという情報が入って調べに参ったのだ。実際、ふもとからある家々は皆空だった。」

 

 そしてジェシンは大事なことを尋ねた。

 

 「君の父上が切られた・・・と聞いたが、誰に、というのは分かっているのだろうか。君は見ていたのか。」

 

 ユンシクであろう少年は泣きだしそうに眉をゆがめ、何度も大きな息を吐き、吸い、そして気を落ち着かせたのか、若干低い声で答えた。

 

 「切られた瞬間は、席を外していたので見ていません。ただ、父はその時、訪ねてきていた親戚の者と話をしていて、姉が茶を出した直後のことでした。少々大きな声で言い合いをしていたので、いつもの人参の取引のことで意見が食い違っているのだろうと我ら家族は息をひそめていましたところ・・・叫び声が・・・。」

 

 最後の方は語尾がふるえて、唇も震えたのが見て取れた。何故だかそこに目が吸い寄せられていたジェシンしか見ていなかっただろうが。

 

 「驚いて居間に行きますと、父が肩先から切られて悶絶していました。話をしていたはずの大叔父は・・・いませんでした。縁側の扉が開け放たれたままでした。大叔父は・・・自分の所の下人まで置いて逃げたのです。」

 

 濡れた手は今は握りしめられて震えていた。

 

 

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