こちら月ウサギ配送サービス~夜逃げ承ります~ その59 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユニは少し驚いた。驚いたおかげで逆に冷静になれた。今の今まで、気安い仲間との時間を純粋に楽しみにしていた浮かれた気持ちを落ち着かせて、自分が言ったことの何がジェシンの癇に障ったのかを考えた。ほんの短い間に。ジェシンが拗ねた顔をしているほんの少しの間に。

 

 それぐらい、ユニはジェシンを見続けてきた。

 

 幼稚園が左前になっていたのは分かっていた。遅れてはいたが、必死に払ってくれている給料に、当たり前とは分かっていても心は痛んだ。しかしその給料がなければユニは家にお金を入れられなかったし、幼稚園に来てくれている可愛い子供たちの相手だってできなかった。

 幼稚園の経済的な破綻の理由は、高学歴を謳う世間の風潮に負けて、英会話教室や音楽教室を教育の一環としてつけたことに始まったのだと経営者でもある延長は泣きそうな顔でユニ達教職員に謝った。財務整理が始まると、教職員は次々に転職先を探していき、幼稚園教諭すら辞めた人も出た。

 ユニが退職、再就職に出遅れたのは、ひとえに社会人としての経験の浅さゆえだろう。生活とは経済だ。お金がなければ回らないことを、父を亡くし、家庭の家計を担っているとはいえ、あまり意識してはいなかったのだ。学生時代はどうにか奨学金や父の遺した少ないながらもたくわえや少額入る保険金、ユニのバイト代に母が掃除の仕事を短時間ながらして、生活は回っていた。しかし母の目が悪くなり、前ほど働けなくなった時点で、就職したユニの給料が生活費となった。それでも別に大丈夫だった。贅沢する家族ではなかったから。けれど、弟を大学に行かせることを考えると、いくら奨学金を申請するとは言ってもいくらお金があっても困りはしない。その収入源を失う実感が身に染みるのが遅かったのだ。他のベテラン教諭たちは違ったのだろう。身の転身は速かった。

 ユニはそれでも毎日出勤し、転園していく生徒たちの個人票を黙々と作成した。園長はくぼんだ目で、最期の給料までちゃんと払うから、と言ってくれたが、不安は去らなかった。そんな時、管財人をしていたジェシンの師匠、大先生が声を掛けてくれたのだ。

 

 君、とても仕事が丁寧で速いね、事務仕事の経験でもあるのかな。

 

 そして数日後、誘ってくれた。

 

 次の就職先に当てがあるかい?ないんだね。じゃあ、暫くでもいいからうちの事務所で事務員をしないかな。実はね、僕はもう少ししたら引退するつもりなんだよ、ほら、僕をここに送ってくる若い弁護士がいるだろう?あの子に事務所を譲るんだけど、昔からの顧客も引き継いでもらうからね、最初から仕事量がそこそこあって、手が回らなくなるのが目に見えるようなんだよね。

 

 それからユニは、弁護士事務所で働いた。大先生は本当にすぐに引退し、ユニは事務所の雑用と言われるものは全部頑張ってできるようにした。事務所はきちんと清潔に。古くてもぼろくても清潔に。そう言った大先生の言葉を胸に、掃除、整理整頓は毎日、徐々に経理も預かり、書類の整理も手伝うようになった。簡単なものなら書類作成だってできるようになった。数字を打ち込むだけだとか、日付順に並べ替えるとか、だけれど。ジェシンはそれすらもできないぐらいに忙しい。弁護士として未熟だ、とどんな小さな案件も、引き受け手のいない弁護費用さえ国費の容疑者の弁護も引き受けた。むろん大先生から引き継いだ顧客の仕事も真摯にしたから、紹介された客もいて顧客は増えたぐらいだ。そんな風に忙しいのに、今度は友人から相談を受けた夜の引っ越し業まで始めてしまったのだ。ユニはしばらくどころか、次々に仕事をこなすことで、誰かの片腕っぽい自分への喜びを感じていたのだ。

 

 ぶっきらぼうに見える容貌で、最初はその体躯の良さにも少しばかり怖さを感じたが、仕事への情熱も、友人の仕事の発展のために力を貸すその心意気も、ユニを魅了するものばかりだった。そしてユニへの優しさも。不器用に、けれど懸命に、最初は初めて雇う従業員への態度を探っていたジェシン。ユニが女性であったから余計だろう。だがいつからか。

 

 必要以上の感情をユニに向けないように頑張っているジェシンに気付いたのはいつだったか。

 

 だからユニは言いたい。それが分かるぐらい、自分がジェシンを見続けている。この意味を分かって、と。

 

 

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