こちら月ウサギ配送サービス~夜逃げ承ります~ その58 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注文ありがとうございます。

 

 

 「あいつ、一つ見落としてるんだよなあ・・・。」

 

 ソンジュンが部屋を去ってから、ヨンハはにやりと笑った。

 

 「まだまだだよなあ。」

 

 「何がですか?」

 

 入れ替わりに入ってきた秘書に聞かれて、ヨンハはにっこりとほほ笑んで見せた。

 

 「人の心は難しいってことだよ!」

 

 不思議そうな顔をする秘書に、さ、仕事を始めようか、と声を掛けて、ヨンハはデスクに座った。

 

 「恋ってさ、自分の気持ちだけに陥りがちだけど、相手の気持ちもあるってこと、忘れてるんだろうなあ。ユニちゃんの気持ちが誰にあるか、なんて、多分喫茶店のアジュマの方がよくわかっていると思うけどさ。」

 

 ヨンハの独り言は、書類を取りに一旦部屋を出た秘書には聞こえることはなかった。

 

 

 

 「・・・ヨンハもくるってよ・・・。」

 

 昼食を取りに喫茶店に向かう途中で、ジェシンはユニにそう言った。見上げると、ものすごいしかめっ面をしている。

 

 「え?ああ、ソンジュンさんのお疲れ様会・・・。いいじゃないですか、先生、忙しすぎて全然ヨンハさんに会えてないでしょ?」

 

 「あんなの・・・一年に一回ぐらいで十分だ。」

 

 「嘘ばっかり。」

 

 渋面がおかしくて、ユニは声を上げて笑った。笑い声が少々古びた街角に響く。ユニはこの街が大好きだった。新しすぎなくて、でも古すぎなくて。ユニには落ち着ける空間だった。

 

 「お引越しシーズンも落ち着いたし、あのへんな人たちの件も落ち着いたし、あんまり間を空けるのもヘンだし、ちょうどいいじゃないですか。」

 

 

 

 例の祈祷師が教祖のようになっている新興宗教の団体は、ジェシン達に絡んだ件から少しずつ瓦解していっていた。もうジェシン達の手を離れたも同然だった。引っ越し業者に娘の引っ越し先を無理やり聞こうとする脅迫行為から始まった事情聴取で妙な結婚斡旋行為が浮かび上がり、調査により、今までの結婚で未成年の結婚が確認されたことから大問題に発展したのだ。教団はもちろん、その結婚相手も浮上した。知らなかった、ではすまされない。結婚には書類が必要だ。戸籍などから確実に年齢は分かるものだ。結婚の事実はまだ未成年の時期にあって、届を出したのはその二年後。どんなに婚約者としての間柄だと言っても、言い訳できない証拠が存在するのだからどうしようもない。そう子供だ。どこで産んだのか、母親が結婚できる年齢になり届けを出すまでの間をごまかすために、信者の一人が生んで父親に養子に出したことになっていた。そこまで分かったのは、その若い母親がほとんど放心状態で見つかった事だった。虐待を疑われて即保護された後、生きる気力を失ってされるがままに生きてきたことを告白するまでそう時間はかからなかった。

 

 最初は、『月ウサギ配送サービス』の方にしつこく連絡があった。謝るから訴えないでほしい。だが信者の行方が心配だから協力は本当はお願いしたい、などという懐柔の言葉から、時折、こちらを呪うような言葉まで。そのうち、捜査が拡大するにつれてこちらに構っている暇はなくなったらしく止んだが、ジェシンの指示によって基本電話は留守番電話サービスにしたうえで録音してあった。流石法に携わる人間が関わっているだけありますなあ、とそれを提出した先の警察署で感心したように言われたのをユニは覚えている。

 

 あの件からユニは一人で帰ることはない。何なら通勤すらジェシンかドヒャンアジョシが迎えに来た。遠慮すると、なら休むか、とくそまじめな顔でジェシンに言われ、ドヒャンすら、女の子は用心するに限るんだ、と言ってきたから仕方がなかった。今朝だってジェシンが迎えに来た。車で家の傍に横付けされるのはちょっぴり恥ずかしい。近所の人が興味津々にしているのだってわかっているのだけれど、忙しい弁護士事務所と、仕事が入れば忙しくなる引っ越し業者としての仕事の補佐を休みたくはなかった。事務仕事は以外に細かくて面倒で、溜めると大事になるのを、ユニはここで働くことで知った。ユニの生活を救ってくれた大先生が残した大事な場所。そして最初から頼りがいのあったムン・ジェシン先生のお城。ユニにとってはもう切っても切り離せない場所だった。

 

 

 「ソンジュンさん、もう夜の引っ越しはごめんだっていうかしら。いてくださってすごく助かりましたよね。」

 

 そう言ってまた見上げたジェシンの顔は、渋面ではなかったけれど、何処か不満そうに見えた。そして漏らされた言葉にユニは驚いた。

 

 「・・・イ・ソンジュンは確かに頼りになるやつだったけどよ・・・俺よりもかよ。」

 

 始めて見た、拗ねるような顔だった。

 

 

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