㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
いくら鈍感なソンジュンでもわかる、ほの暗い熱のこもるジェシンの瞳。すぐにそらされて、それでもしばらく横顔から目が離せなかった。やっぱりという感情となぜかもやもやする重たい感情がソンジュンの胸を塞いだ。目をこする。眠いせいだ、眠気のせい。
ジェシンが目の前の扉を開けて入っていくのを見送り、眉間を揉んだ。ドヒャンアジョシは目が逆にさめたらしく、ぐりぐりと首や肩を回している。そりゃ、あんな無理な姿勢で寝ていたらどこか痛くなるだろう、と思えば、ユニが同じことをドヒャンに言って和やかに笑っていた。
「くっそ、俺たちのこと忘れてたってよ。一旦ご帰宅していただいて結構です、って先に言えよな。」
ジェシンが憤然とした様子で戻ってきた。その後ろから申し訳なさそうな警察官が一人。待たせた謝罪と、今後の操作に必要なら聴取に応じてほしいとの挨拶。その隣でまるで上司のようにふんぞり返って佇むジェシン。笑うのを我慢しているユニと笑っているドヒャン。
その光景を、ソンジュンは本社のデスクで思い出していた。
その後一件だけ引っ越しの現場を手伝い、ソンジュンは『研修』を終えた。業務についてのレポートを上司に提出したから、ヨンハにもすぐに読まれただろうが、内容は現場でのこととというよりも、その徹底した個人情報管理と価格帯の堅持だった。荷物の量と運ぶ距離による一定のラインを崩さず、相手の経済状況関係なく、実施日までに必ず清算を済ませる事。利益団体としては当たり前のことだが小さな規模の店や個人事業主にはありがちな、「つきあい」や大盤振る舞いのサービスで利益の出ない仕事を繰り返す者たちもいることを考えれば難しい事なのだ。特に『夜逃げ』案件は、同情心をかけらでも持つと難しくなるに違いないのに、ジェシンはそこにきっちりと線を引いていた。
ただ、冷酷なわけではない。仕事として線を引くと同時に、ジェシンはもう一つの顔、弁護士としての視点ももち、そしてその境遇に目を向ける感情も持っていた。そうでなければ、夫から逃げた妻子が安全な施設に入るまで、両親から逃げた娘が保護してくれる親戚に迎え入れてもらえるまで見守ることはなかっただろう。
ジェシンの本来の仕事のことや、『夜逃げ』案件には触れず、今回の研修は特に『夜間』の業務であることが特殊であるとしたうえで、今後、支店をフランチャイズで展開する可能性がある場合の、利益堅持体制のモデルケースになるのではないかという考察をいれて結んだレポートについて、と、今日、ヨンハに呼び出された。
「いや!流石イ・ソンジュン。俺の後輩。素晴らしいレポートだったよ、研修がこれほど身になるやつもそうはいないというものだ。」
業務として呼び出されたというより話し相手なんだろうな、と思う補とヨンハはリラックスしていて、その上ソンジュンの前にはコーヒーまで出されている。ようはヨンハの休憩のだしにされた、というところなのは察することができた。
「はあ。」
「で、君のご苦労さん会が明日だってね、人間関係作りも上手くいっているじゃないか!」
「どうして知ってるんですか?」
はあ、とため息をついて見せると、ふふん、と目の前でヨンハは鼻を鳴らした。
「俺とコロの深い仲を侮っちゃだめだよ。」
「・・・。」
ジェシンはヨンハと親友であることを否定はしなかったが、ヨンハがそれを主張するとどうも妙な湿り気を帯びて聞こえてくる気がする。言い方の問題だとは分かっているのだが。だからジェシン先生に叱られるんですよ、とソンジュンは心の中で呟いた。
「でも、先生は先輩よりもっと深い仲になりたい人がいるんじゃないですか。」
だからつい言ってしまった。言ってしまってからなんとなく自分で自分自身を傷つけた気がして、ソンジュンは意気消沈してしまった。
まだ研修から戻ってきて大して時間が経っているわけではないのに、あの小さな雑居ビルの三階が懐かしい。そして行けば、大概箒をもって笑っているユニに一番に出迎えられる。それがないのが一番寂しい。
「ああ、ユニちゃんかい。流石にソンジュン君でも気づくか。」
しかし、嫌みを言われたはずのヨンハはあっけらかんと笑ってソンジュンに返してきた。