㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
落ち葉が舞っている。ジェシンは自分が歩いていることを知った。視界が動いていくからだ。まばらに木が並んでいる道を急いでいる理由は、見えた人影のせいに間違いない。落ち葉が舞っているぐらいだ。風がある。その風の中、ジェシンを待つ一人の女性。誰なのかすぐにわかる。ユニ。いつの時代かは知らないが、いつの時代でもジェシンの恋人であるユニ。ユニが俺を待っている。
いつも見るデジャブの時のように、距離が縮まらないという事はなかった。ジェシンはやすやすとユニの傍にやってこられた。頭からふわりとかぶった衣から見上げて来る黒い瞳は笑んでいた。ジェシンは・・・この体の本当の持ち主であるジェシンはためらうことなくユニの手を取り歩き出した。さほど歩かなかった。たどり着いた先には墓があった。もう草に覆われた、新しくはない墓。そこに眠る人が誰か、今のジェシンの胸にも情報が流れ込んできた。彼女の両親だ。そして弟。ふと眺め下ろしたユニの横顔を見る。若々しいが、確実に年齢は今のユニよりもいくつも上に見える落ち着きを醸し出していた。
ユニが何かしゃべった。聞こえない。だが分かるのだ。流れ込んでくる。私の生まれた場所がなくなって何年にもなる、そんなことを呟いたようだった。寂しいか、と聞く当時の自分が感じているじれったさが伝わってくる。俺がいるじゃないか、そう言いたいのだろう。その感情も伝わってくる。
お前の甥がちゃんと家を継いだだろう、と答えたようだった。ユニの寂しさにはふさわしくない答えだが、実家がなくなったわけではないと言いたいのだろう。だが、もう両親も実弟もいない、実弟の妻が采配する実家はユニの心安らぐ家ではない。その寂しさは埋められないのだろうか、と逡巡するこの体の持ち主に、ジェシンはじれったささえ感じた。
それに、とこの体のジェシンは言ったようだ。お前の家はどこなのだ、と。俺と作り上げた家はお前の本当の家だろう、と。ええ、と答えるユニの香りが強くなった気がする。視界の真下にユニの艶やかな黒髪がある。抱き寄せたのだ。寄り添って墓の前で佇んでいるかつての自分たちの姿を、ジェシンは体の中からじっと見つめていた。
よいか。
この体の持ち主の声がひびく。
これから先、来世でも、お前の苦しみ痛みは俺が引き受けよう。大丈夫だ。お前は十分悲しんだ。若き日に次々に親を失い、弟を立派に育て上げるまで辛いこともあっただろう。俺が知らない時のお前の苦労を俺は替わってやれない。だが約束しただろう。俺と共に生きるお前に、辛い思いはさせない、と。その約束をもっと、もっと延長しよう。いつ、来世でお前と出会っても、俺はお前を守ろう。お前の悲しみも痛みも、俺が引き受けよう。お前を愛することが出来れば、俺は悲しみも痛みも全部吹っ切ることができる力がみなぎるだろう。それほどお前が傍で生きてくれることが、俺の命の源だ。さあ帰ろう。お前と俺、二人で築いた場所へ。
その声が響き終わったとき、腕の中のユニが動いたのが見えた。見上げてきたその瞳は濡れていた。盛り上がる涙。ああ、俺はずっと、あの涙は何か悪い事のためにこぼされたものだと思っていた。毎初冬に見るこのデジャブに心を痛めてきた。でも違ったのだ。俺はこの涙の先のお前の表情を知らなかった。
視界一杯に広がったのは、涙をこぼしながら幸せそうに微笑むユニの笑顔だった。
目が覚める。時刻は午前三時。ぼんやりと覚醒した頭のまま、ベッドのリクライニングを操作した。ヘッドライトをつけて、暫くじっとしていたジェシンは、フルフルと頭を振った。
夢の中で腹を負傷したのは俺自身だった。だが、現実世界で俺を刺したあの男は、夢の中ではユニを傷つけていた。そして俺は、いつかの俺はユニに誓っていた。
ああ。とジェシンは腹にある傷の上に掌を置いた。俺で良かった。俺が引き受けたんだな。お前の身に起こりうるだろう負の出来事を、俺は代わりに受けることができた。お前を守れたんだな。お前は、あの時みたいに手を血まみれにされることはもうない。俺がちゃんと引き受けたからな。約束は有効なんだろう。俺とユニが出会い、恋人である限り。いや、必ず有効なんだろう。なぜなら。
俺とユニは、未来永劫、恋人になる運命なのだから。