㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
有給はひと月ほどあり、その間は弁護士事務所の登録変更や、看板の取り換え、名刺の新規発注など、雑用に追われた。ジェシンが修行のため世話になることになってから、デスクや業務用のPCなどはイ弁護士が徐々に用意してくれていたし、それを引き続き使う。ただ、仕事用のスマホは新規で準備することになった。イ弁護士もついでに機種変更するという。
「いきなりさあ、使えなくなるの困るからね。最近充電減るのが速いんだよねえ・・・。」
面倒面倒、と言いながら二人でスマホショップに予約を入れて出向いた。ジェシンの場合は新規だからいいが、所長は今までのスマホ内の情報が消えてしまうのは危険なので、バックアップなどをプロに確認してもらった方がいいし、という事だった。
込み合うスマホショップでは、予約を入れていても時間がかかった。新規でも機種変更でも、契約の確認事項が多くて面倒ではあった。結局3時間かかって用事が終り、二人してへとへとで近くのカフェに入り座り込んで、コーヒーを飲むこととなった。
「そういやさあ・・・、この前イ・ソンジュン君の話をしただろ~。」
まだ外は寒い3月の初めだが、人の多いスマホショップにいたせいでのどが渇いたと、所長は熱いデカフェにして半分ほどを直ぐに飲んでしまっていた。
「あいつがどうかしましたか?」
「いや、彼のこととついでに君の話を親父にしたんだよ。そうしたらさ、君の家もかつての家臣だ、と調べてきてさあ、あの親父、本当に暇なんだな。」
「まあ、俺の姓は数が多くありませんしね。」
「そうなんだよ。でもさ、俺さ、君より先にヨンシンと友人じゃないか。なのに今更、と思ったんだけど、大学時代親父と口をきいた記憶がないからさあ、俺の人間関係、知らなかったんだよなあ、親父は。」
何を言い出すのかと思ったら親子関係の愚痴だった、とジェシンは笑いそうになった。そんな事なら、ジェシンだってそこそこ愚痴ることができる。
今でこそ普通に父と子で穏やかに話ができるが、ジェシンが大学を一年さぼりにさぼった時は、何度も父と衝突した。母はジェシンを叱ることができなかったのだ。そんな母に息子の監督がどうたらと言った父に掴みかかったこともある。母のせいじゃない、母がジェシンに甘いせいではないのだ。とにかく、自分が今どうしたらいいのかわからないだけだったのだ。
兄ヨンシンは非常に優秀な若者だった。父と同じ道を歩くことを早くから目標とし、優秀さに気真面目さが加わって、秀才の名をほしいままにしていた。年の離れた兄を、ジェシンは心から尊敬していたし、弟のジェシンにヨンシンは優しかった。可愛がり、尊重してくれた。体格や運動能力にも優れたジェシンを誇りに思ってくれたのも兄だった。
ジェシンは成績だって優秀だった。兄が大好きで、高校に入ったときに官僚の道に進んだ兄が誇らしく、自分も同じようになるんだろうと勝手に考えていた。だがそれは徐々にジェシンに違和感を感じさせた。兄と性質は全く違うジェシン。兄が志し、一生の仕事としようとしていることに自分が本当に適しているのか、流石に考えられる年になっていた。けれど周囲は違った。親戚は、皆、ジェシンの父と同じように進むことが善であるという態度で、ヨンシンをほめたたえ、ジェシンにも倣うよう促した。そのつもりだったけれど、違和感は増幅するばかりだった。
ヨンシンに一度そう言った事がある。するとヨンシンはにっこり笑った。僕とジェシンは兄弟だけれど違う人間だよ。だから僕と同じ道に進む必要はないんだ。僕は父さんと同じく国のために働くことにしたけれど、分かってるだろう、父さんとは畑違いの部署を希望して入省している。父さんがそれをあれこれ言うこともなかった。ジェシンが何をしようとも、父さんは認めるよ。僕も応援するから。そう言ってくれた。そして納得したはずなのに。
成均館大学に入学し、それも法学部主席。祝いに来た親戚たちが口々に言う、矢張り兄弟だ、兄さんを見習って同じように立派な立場になりなさい。それに一気に気力が削げ落ちた。今から思うに、違う道とは何か、自分の中に確立していなかったせいもあるだろう。怠惰に半年を過ごし、父と揉め、それでも母の少し憔悴した顔を改めてみた秋口、ダメだ、と自分を奮い立たせた。道なんかそのうち見つかる。母を泣かせてまで拗ねる必要なんかなかった。
そうやってジェシンのモラトリアムは一応一年で終了した。一留という罰はついたが。
所長はまだべらべらしゃべっている。所長も父親に反抗していたらしい。過去の一族の栄光を笠に着ようとする父の態度が鼻につく年頃だったんだよ、とぶつぶつ言う所長にジェシンは言った。
「でも、うちの一族が本当に家臣だったかどうか、分かるムン姓の名前が残っていれば教えてほしいです。」
そう言ったジェシンに、所長は、へえ、とだけ返してきた。