㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「で、先にカラン様にご報告をと思いまして、寺には寄らずに戻ってまいりました。道に迷った体で行っても良かったんですが、何だか修羅場に行き会いそうで嫌だってのもあったんですけどね。」
トック爺はそう結ぶと、ソンジュンの顔を見上げた。ソンジュンは顎を少し上げてユニが寝ている宿の部屋の辺りを見詰めていた。
「・・・いかがいたしますか?少し道を変えましょうか?山側も海側も、どちらにも少し逸れていく道はございますよ。」
トック爺はそう聞いた。話の感じでは、ユン家の息子はしばらくはその大男の僧に捕まっているだろう。街で巻き込んだばくち打ちどもは、竹馬の友、というわけではない。行きずりの、金で雇った、それだけが縁の男たちだし、怪我まで負わされてしまって、恨みしかないだろう。
「・・・いいや、トック爺。このまままっすぐ扶安を通り過ぎよう。せっかく約してもらったお医師にもユニを診て頂いて、大道を堂々と行こう。」
トック爺は頷いた。ソンジュンはそう言って、まだ何かを考えているような顔をしていたから、言葉の続きを待ったのだ。
「・・・先輩たちは・・・本当にユニのことを大切にしてくださるね。今もなお守ってくださる。夫の俺がだらしなくユニを危険な目に合わせようとしてたというのに・・・。俺なら・・・もしユニが人の妻になっていて・・・何か危機に陥ったとしたら・・・こんな風に・・・。」
「なさいますでしょうよ、カラン様なら。」
トック爺はきっぱりと言った。
「コロ様とうちの若旦那様は、テムル様をお守りになっただけじゃないんですよ。カラン様のことも御守りになったんですよ。お二人にとって、カラン様とテムル様は大事な大事なお人たちなんです。どうですか?カラン様なら?コロ様が、うちの若旦那様が何か辛い目にあったとしたら?放っておかれますか?何か手段をお考えになるでしょう?方法はまあ・・・別として。」
悪だくみの仲間たちのけがは、まあ酷いものだった。殴るける、ですかい、と一応聞いたトック爺に、医師は笑って首を振った。一撃です。腕に首筋に、顎に。一撃で立ち上がれなくするなんて大層な手練れですよ、急所をよく心得ておられる、死なない程度の急所をね。都で武官でもされておられるんでしょうかね。殺す気ならもっと違うところをもっと鋭く攻撃したんじゃないですか。あいつらは感謝しないといけませんよ、死なずに終わらせてもらったんですからね。そんな事をするのはジェシン以外に考えられない。まずトック爺の主人たるヨンハにはできない技だ。コロ様、かなり頭にきておられたんだろうな、とトック爺は背筋がぞっとした。そう言えば、と思い出したのは、まだ官吏になりたての従事官時代のこと。テムル様が女官との醜聞に巻き込まれたとき、嘘の証言をした官吏二人の首筋を蹴り落として気を失わせていたなあ・・・。その後しっかり謹慎は食らっていたが、ちょうどいい休める、とのんきに昼寝をしていたのを覚えている。あの時も怒っておられたんだなあ、とトック爺は遠い目をした。うちの若旦那はまず足が上がらないねえ・・・。
そう思いながら見上げたソンジュンの顔はクシャリと歪んでいた。
「・・・そうだね。俺は俺のやり方で先輩たちを守るよ・・・。でも分かってるんだよ・・・。ユニがね、ユニが俺と先輩方を繋いでくれていて、今もそのつながりを支えてくれているんだよ。俺はそれを忘れかけてた。ユニを得て、安心しきって。ユニがどんなに大事なものを俺に与えてくれたか、分かっていたはずなのに。ユニを・・・先輩たちからも預かっているも同然なのに・・・。ユニの気持ちを第一にできなかった俺の失態を、先輩たちが助けてくれたんだね。」
はあ、と顔を上に完全に上げてしまったソンジュンを、トック爺は見て見ぬふりをしてやった。こればっかりは男の見栄ってやつだよ、知らないふりをして差し上げないとね。
流しはしないだろうけれど、それでも多分、瞳は潤んでいただろうねえ、カラン様は。