㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
早朝、ジェシンとヨンハは眠さなど感じることなく、宿の主人にきいた町はずれの宿にまっすぐ向かった。ヨンハがにこにこと、商売で使う人足達が多い時に素泊まりさせてもらえるよう話を付けるんだよ、と笑って聞いたので、主も不審には思わなかったようだ。宿代も人数が多いと馬鹿にならないからね、とうんうん頷いて、一軒しかないその安宿を教えた主に礼を言うと、二人はすぐに寝たのだ。そして朝、速足で歩いている。
安宿は本当に古い建物で、納屋か、と呟いたジェシンの感想もおかしくはないほどだった。屋根があるだけましなんだって、といなしたヨンハが、扉を叩き、中に入ったかと思うと、すぐに一人の男を連れて出てきた。
ヨンハが薄暗い土間に立って見回しても、部屋数など表から見た通りほぼない状態で、かろうじて衝立で仕切って、一室を二つに分けているだけだと分かった。土間から板間に上がったすぐのところでは簡素な火鉢に湯が沸いていて、そこで二人の男が白湯を飲んでいた。問いかけようとしたとき、一人が、あんたのご主人みたいな人だねえ、と呟いたので、その真向いの中年の男が目的の男だと分かった。ユン家の者か?と尋ねると怯えたように頷き、力なくヨンハに連れられて外に出てきたという。
「う・・・うちの若様が・・・何か・・・しましたかね?俺はただ・・・ほんとは・・・若様を寺に送り届けたらしまいなんだけれども・・・ちっともいう事を聞いてなんぞくれないから・・・。」
ぶつぶつと言い訳するようにしゃべるのを遮って、
「お前の主人はここに来るのか?」
とジェシンが聞くと、来やしませんよう、と男は肩を落とした。
「毎日妓楼に行って、逃げてないことだけは確認してるんですけどね。そうでないと俺はお屋敷にも帰れねえ・・・。」
妓楼に行って、居続けを確かめて、宿の主に頼まれた食材を買って、その遣い賃がわりに本来はでない食事を宿で食わせてもらっているのだという。
「俺たちはな、お前の主が迷惑をかけたイ家の跡取りの友人なんだ。何しろあいつはお人よしだからな、悪だくみをする奴がまたしないとも限らない、ってことを知らねえんだよ。だからお前の主がちゃんと隠居したかを俺たちが確認してやらないとなあ、なんて思ってやってきたんだが、何だかここで遊び惚けてるって聞いてさ。」
ヨンハが演説すると、ユン家の下人は身を縮めた。
「若様はお屋敷にも迷惑かけっぱなしですよ・・・妓楼のつけは溜める、博打は打つ・・・悪い奴らとつるんで通りすがりの人に因縁をつける・・・それが全部お屋敷に言いつけられて、いくら若様のために金を使われたか・・・。俺も早く若様を寺の坊様に押し付けたいんですけど、なかなか・・・。」
下人の身では難しいだろう、とヨンハはこの男が哀れになったが、そうも言ってはいられない。ユン家の息子はソンジュンとユニに対して悪だくみをしているのだから、さっさと娑婆から取り去らなければならないのだ。
「その寺ってのはどこだ・・・?」
低い声で唸るように聞いたジェシンに、ひ、と下人は怯えた。
「まだここまで来てるってその寺のお坊様には言ってないんだろ~?俺たちが言って来てやるよ、それで若様を連れて行こうぜ、手伝うからさ。」
ヨンハがとりなすように言うと、下人は信じられないという顔をした。
下人に教えられて、町はずれのその宿から街道に出て、すぐに山道に折れて上った。たいして距離はなかったが、かなりの急坂で、ヨンハは文句も言えないほど息が上がってしまっていた。ジェシンですら少し肩を上下させていたので、なかなかの上り坂だったのだ。
「坊主ってよ・・・枯れた爺様だったら頼りにならねえけどな。」
ジェシンが汗を拭きながら言うと、声がまとまらないほど喘ぎながら、ヨンハは膝に手をついてぼそぼそと答えた。
「え・・・っ・・・でもっ・・・とに・・・か・・・くっ・・・」
「何言ってるか分かんねえよ・・・。」
とりあえず、いつもならヨンハの役目の訪ないを自分でいれることにしたジェシンが
「もうし!どなたかおられぬか?!」
と叫ぶと、小さな堂から人がぬっとあらわれた。
爺様どころか、厳つく分厚い胸を持つ大男だった。