㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
店はむさくるしい汗のにおいと、濃いおしろいのにおいが混じっていた。裏手なんてよく言ったものだ、と二人は口に出さなくても同じことを考えたのがお互いによくわかっただろう。狭い酒を飲ませる土間から開く戸の向こうから、博打場特有の怪しげな熱気が店にまで漂っていた。
「おや、いらっしゃい、見ない顔だねえ。」
しなだれかかるように声を掛けてきたのは、太った女だった。おかみ酒!と呼び掛ける客の男がいるから、この店を仕切っている女だとはすぐに分かった。
「さっき、妓楼の女の子に教えてもらったんだよ~。商売で来てるのにさ、こいつが気晴らししたいって言うもんだから~。」
ヨンハがほとほと参ったように言うと、
「仕事ばっかじゃつまらねえもんね。」
と女将はゲラゲラ笑い、席に座って酒を飲んでてくれ、と顎をしゃくった。
「今結構裏が一杯なんだよ。空いたら入れるように言ってくるから。」
ヨンハとジェシンの身なりを上から下まで眺めて、そこそこいい客だと踏んだらしい女将に促されて、二人は卓に着き、運ばれてきた安酒を飲んだ。
「ねえねえ、どこから来たのさ。」
早速くっついて来た女は、ユン家の息子の敵方が言うほど年増でもなかった。暮らしに疲れているようには見えたし、酒やけしているのか肌は荒れていたが、それでも三十路か。
「都からだよ~。ちょっと忙しいからさ、助っ人を頼んだらこのざまだよ。まあ俺も息抜きしたいからいいけど。」
「ここは南北の通り道だからさ、都のお方はよく通るけど、お客さんたちみたいないい男はめったにおられないよね。」
「やあ、君は上手だねえ、お世辞でもうれしくなっちゃうよ。」
「お世辞じゃないわよ、お客さんたち若いし、それに意地悪じゃなさそうだし。」
「やっぱり親父が多いかい、遊びに来るのは?」
ヨンハがさいころを掌で転がすふりをすると、そうねえ、と女は酒を煽って自分の茶碗とヨンハの茶碗にお替わりを注ぎ入れた。ジェシンはヨンハの横でいらいらと裏に続く扉を睨んでいる。それも不自然ではないのだ。早く博打をしたくて仕方がない男は、その禁断症状によく機嫌を悪くするものだ。
「ここいらの男は親父が多いよね。旅のお方は色々・・・でも頭からこっちを馬鹿にしてるから、あたしらが席についても無茶苦茶言われっぱなしだし・・・それなのに体は触るんだよ。」
「やだねえ。お姉さんなんかきれいな人なのにねえ。」
「あらやだ、お客さんの方がお上手だわよ。それに悪いことを相談してるお客さんなんかこわいしね。たまにいるんだよ、悪だくみをする奴。ここはさ、ちょっとばかり強面の男がいるから・・・さっきだって、ちょっといい男が来たと思ったら、隅っこでこそこそと・・・大体悪いことをする相談って、隅っこでするねえ。」
「さっき?じゃあ俺たちいない方がいいかなあ、巻き込まれちゃいやじゃないか。」
「大丈夫だよお客さん。なんか、女連れの身分の高い人を脅すんだって。悪い噂を立てるのをやめる代わりに金を巻き上げるんだってさ。」
「・・・隅っこにいたわりに良く聞いてるねえ・・・。」
「酒を女将さんに言いつけられて運んでったのよ。嫌だったんだけど。3人もの男に一斉に睨みつけられるんだよ、怖いったらありゃしない。なんかさ、『てんもうかいかいってとこだ』なんて得意そうに言ってたけどさ。何の呪文?」
「『天網恢恢疎にして漏らさず』だ・・・そいつら最後まで言えてねえな。意味だってちゃんと分かってねえよ。」
「そうなんだ・・・ってそっちのお客さん、初めてしゃべったね!」
けらけら笑う女の声など聞こえないように、いきなり会話に入ってきたジェシンは、戸を睨みつけたままだった。
この言葉、そっくりそのまま返してやろう、って顔だな、とヨンハはジェシンの横顔を見ながら酒を舐め、しきりに話しかけて来る女に、またにっこりと笑顔を向けてやった。いい話を聞かせてくれてありがとね、ってとこだな。だが、ユン家のバカ息子め。
どうしてカランがテムルを迎えに行ったことを知ってるんだ?