天網 その10 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ゆっくりさせてやりたいが、とヨンハは思い、本当はやめておこうと思った場所へユニを連れて行くことにした。戻る商団の隊列と共に乳母の家を早朝に立ち、途中他のものを先に行かせて、自分はもう一人の人足を護衛に連れて、ユニを街道から少し離れた村まで連れて行った。

 

 「村はさ、米が良くとれるんだよ。海からの南風もいいんだろうな。うちはずっとそこと取引してて、米を買う時に使ってる小さな小屋を一軒持ってる。そこでしばらく過ごしたらいい。帰りたくなったらそう言える人がいるから。」

 

 ユニは訳が分からないままだったが、それでもいいと思った。とりあえずいる場所があって、ちゃんと考えて、自分のことをどうするか決める時間を貰えたことに感謝した。ヨンハが大丈夫だというのなら大丈夫なのだ。こんなにぬかりのない人はなかなかいない。着いたら誰か紹介してくれるのだろう、確かな人に。

 

 そう思って村の端を馬を曳く下人を従えて二人で歩き、たどり着いたのは、小屋というには普通の立派な家だった。門構えがないだけだ。部屋も三つ四つ有りそうだった。

 

 「お~い!いるんだろ!」

 

 と声を張り上げたヨンハにびっくりしたユニだったが、ガタガタと扉を開けて出てきた人を見て、ユニこそ叫んでしまった。

 

 「えっ!?サヨン!!」

 

 髪をかきむしりながら出てきた大男は、その声を聴いて眠たげな眼を見開いた。

 

 

 

 「家出中!しばらく遊ばしてやってくれ!」

 

 と叫んでユニの軽い荷を手に持たせ、ヨンハは馬に乗ると颯爽と行ってしまった。固まっているジェシンとユニを残して。ジェシンがはっとして追おうとしたときには、小道に出てしまい、馬は駆け足、下人は中々に足が速く、手綱を持ったまま一緒に並走して行ってしまった。家の前の踏み固められた小道まで裸足で出たジェシンはそこで追跡を諦め、覚えてろ、とだけ叫び、そしてまたそこで固まった。ユニも首を巡らせたまま動けなかった。

 

 恐る恐る、とでもいうような動きで体が回転して来る。ジェシンはゆっくりと振り向き、体もユニの方へ向けた。ユニも顔だけでなく体をどうにか動かしてゆっくりとジェシンに向き合った。ぎゅっと胸に布包を抱きしめて。

 

 ジェシンはユニを、それこそ頭のてっぺんから足の先まで時間をかけて眺めていた。確かめるように。ユニは体を固くしてジェシンの検分が終るのを待った。何だか長く感じたけれど大層な時間ではなかったのだろう。はあ、と大きなため息をつくと、ジェシンはまた髪をかきむしったのでぼさぼさだった頭がさらにぐしゃぐしゃになった。

 

 「まあいい。入れ。」

 

 ずんずんと歩き出すと、ジェシンは狭い縁台にどん、と足を上げたので、ユニは慌てた。

 

 「サヨン!足!待って!」

 

 ユニが包を縁台にぽい、と投げおろし、視線をさまよわせて厨に走っていくのを、ジェシンは片足を上げたままぼんやりと見送った。

 

 

 

 「もう!ゆかが汚れるでしょ。」

 

 とユニが説教をしながら水の入った桶をぶら下げてきて、ジェシンに縁台に座るよう指図した。ジェシンは毒気を抜かれてしまって素直に座り、足裏を濡らした手拭いで拭かれている。最初は滴るほど濡れそぼったまま。そして仕上げに固く絞って。

 

 「はい、出来上がり。」

 

 得意げに顎をつんと上げたユニは、減った桶の水をぱあ、と埃っぽい庭先に撒いた。その水しぶきを見て、ジェシンはようやく少し頭が冷えた。

 

 「おい。キム・ユニ。お前家出したってどういうことだ。」

 

 水を撒いてジェシンに背中を向けたままのユニはしばらく黙っていた。ジェシンも黙った。沈黙はしばらく続いたが、ユニはくるりと体をジェシンに向けたとき、笑顔を浮かべていた。

 

 「イ家からお暇を貰おうと思って。私はやっぱり、イ・ソンジュンには似合わない女人だったのよ。」

 

 何があった、いや何かあったのだろうとは分かったが、それよりもジェシンはユニの笑顔が気に入らなかった。馬鹿かお前。あんなに、あんなに、幸せそうにイ・ソンジュンのところに行っちまったじゃねえか。笑ってる場合か。

 

 ジェシンはユニを手招きした。寄ってきたユニはまだ笑顔だった。だからジェシンは軽く頭をはたき、そしてユニを胸に抱きこんだ。

 

 「お前、泣いてねえだろ。いいから、一度泣け。」

 

 しばらくするとジェシンは胸元が湿ってくるのを感じた。そしてまたしばらくすると。

 

 ようやくユニは声を上げて泣いたのだった。

 

 

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