天網 その5 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 10数人の男たちが一斉に握り飯にかぶりつく。少し離れたところで、ユニはヨンハが広げた包みに目を輝かせた。ヨンハ用なのだろう、小ぶりのおこわの握り飯がぎっしり詰まっていたのだ。

 

 「贅沢は言えないんだよ、テムル~。もっとごちそうだったらよかったんだけどさ!」

 

 そんなことはない。山菜や豆を一緒に蒸かして作るおこわなんぞ、裕福なイ家だって先祖を祀る日や何か行事がある日しか作らない。それに山菜だってふんだんに入っているし、豆のおこわは粒が大きい豆も柔らかく蒸かされ、塩味が効いている。丁寧に作られているのが分かって、ユニはヨンハの謙遜に首を振った。

 

 「美味しい・・・。お屋敷で用意されたんでしょ、すごいわ。」

 

 「厨は料理上手のものしか雇わないからね!それにうちは食わせる者がたくさんいるからさ~。」

 

 ヨンハの家のことは清に言っていた時に垣間見た事がある。清にはヨンハの父が商売の窓口としての出店があった。ユニ達が一緒に生活した屋敷も、そこの者が用意してくれたもので、ヨンハはよく店に呼び出されて商いにも参加させられていた。一緒に行って活気のある店先を見たこともあるし、大声での現地の商売相手とのやり取りに驚いてヨンハの背中に隠れたこともある。ヨンハは堂々としていた。その出店も力仕事をする荷運びのものを含め大勢を使用していた。こちらもそうなのだろう。尚更その大変な準備のものを頂いているようで、ユニは申し訳なく思ってしまった。

 

 それでもおいしくて、かみしめながら豆入りのおこわを食べていると、ヨンハがさりげなく、

 

 「それで、本当に全くどこに行くか考えてなかったのか?」

 

 と聞いてきたので、ユニは正直に頷いた。本当に何も考えていなかったし当てもなかった。頼れる親戚や知り合いがあるわけでなし、何よりも、ソンジュンの元から去る日が来るなんて思いもしていなかった。夫となったソンジュンの真面目さや誠実さは、ユニの彼に対する信頼を疑わせることなどなかったのだ。不器用だが真摯に投げかけて来る彼の心を疑う必要などどこにあるのだ。何よりもユニは自分が彼に惹かれていたから、彼が自分を得るために心を捧げ、そして派閥や家柄の違いなどを乗り越えようと動く姿に、彼に人生を捧げようと決意して、勇気を振り絞ってイ家に嫁いだのだ。彼の傍しかない。私のいる場所はここしかない。ユニは男装で成均館に入り、官吏までした自分には、隠れ潜むしか残りの人生にはないと思っていたのだから、愛を持って自分を迎えてくれるソンジュンやイ家には感謝しかない。ソンジュンの真心にユニは精いっぱい応えたかった。迷惑もかけたと思う。大きな屋敷暮らしなど初めて、使用人がいる生活も初めて。両班の女として背筋を伸ばし、ソンジュンの妻として恥ずかしくないよう自分を律することすら苦ではなかった。怖れていた舅姑との関係も、気難しいが理不尽ではない義父、ひたすら穏やかで優しい義母のおかげで何の問題もなかった。年老いてきた舅の世話を、体を弱らせた姑の代わりにすることだってご恩返しだと思ったし、姑を少しでも元気づけようと考えたり話し相手をしたりすることだって楽しかった。

 

 夢のような日々だったのだ。そう、夢を見せてもらったのだ。綱渡りの日々だった儒生としての自分も、人の妻になって幸せになった自分も。短くも美しい思い出を貰ったと思って、当初の予定通り隠れ潜み、静かに暮らすことが出来たらいい、なんとなくそう思った。

 

 「・・・カランはさ、テムルのことが大好きだぜ。心配している、きっと。一日、二日、俺とぶらぶらしたら、一緒に屋敷についてってやるぞ、先輩権限でカランを叱ってやるぞ・・・。」

 

 「私が悪かったのかもしれないじゃない。」

 

 ユニは不貞腐れて見せた。夫婦喧嘩か、と最初に決めつけて以来、ヨンハはそれがユニの家出の前提になっているのが、嘘をついているようで心苦しい。それをごまかそうとしたらこうなった。

 

 「お前がさ、家を飛び出してくるなんて、よっぽど我慢が出来なかったんだろ。お前の辛抱強さは、俺やコロだってよく知ってるんだぜ、お前の亭主殿に負けないぐらいにさ。」

 

 頭を撫でてくれたヨンハの手が優しくて、ユニはちょっとだけ涙ぐみそうになってしまった。

 

 

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