㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニの失踪は、当然朝には明らかになった。呆然と置手紙を握りしめて佇むソンジュンに、ひれ伏して許しを請う奥向きの下女の姿を見て、義父はとにかくその場でその置手紙を確認し、下女に仔細を聞いた。
「お・・・奥方様は・・・あの・・・昨夜お部屋に戻ってこられたとき・・・ご用事をお伺いしましたら・・・あの・・・考え事があるから・・・あの・・・部屋に近づかないよう・・・命じられまして・・・。」
「き・・・気づかなかったのか、人ひとりが内棟を出ているのだぞ!」
ソンジュンがいきなり大声を出したので、下女は更に縮こまってひれ伏して震えている。その声に、一番奥の部屋で寝んでいる義母付きの下女が恐る恐る近づいてきた。
「あの・・・大奥様が・・・何事かと・・・若奥様はなぜ部屋に来ないのかと・・・お聞きです・・・。」
ソンジュンはまた固まった。そのこわばった目つきに義母付きの下女は顔を伏せてしまった。義父がため息をついて義母の下に向かおうとし、すれ違いざまソンジュンを振り仰いだ。立っていると目線がかなり違うのだ。ソンジュンは背が高い。
「よいか・・・ユニは・・・実家の用事でしばらく留守にすると伝えて来るから、話を合わせるのだ。」
ユニの義母、ソンジュンの母はしばらく前から寝付きがちだ。もう後の楽しみは孫の誕生だけだと口癖のように言うが、それだけでなく、マメに世話を焼いてくれるユニの存在がうれしくてならないらしい。こんな娘が欲しかった、とよく周りの者に言っていた。朝も、眼ざめの挨拶、そして寝起きの世話をユニは嫌がらずにまめまめしくしていたものだから、当然義母は不審に思っただろう。朝から内棟にこの屋敷の主たちの声がするのだから。
ソンジュンは手紙を握りしめたままユニの部屋に踏み込んだ。夜、褥を共にするときはこの部屋だった。忙しくしているソンジュンは毎夜この部屋に通うわけにはいかなかったが、それでも成均館で儒生として、そして一年ほどは官吏として、共に学び働き、親友として過ごした妻ユニと話すと、頭はすっきりと整理され、そして話をして楽しかった。そして夜更けに抱きしめた彼女の体、熱、吐息、全ての思い出が素晴らしい部屋だった。その部屋が今、生気を失ったように暗く沈んだ場所に見える。
「俺の・・・せいか・・・俺の・・・せいだよな・・・。」
ユン家の娘と引き合わされたことは覚えている。父と共にユン家の長老の長寿の祝いに訪れた日だった。親しいものばかりだということで、ユン家の女人たち・・・現在の主の妻、そして跡継ぎの嫁、主の娘、つまり長老の孫娘が酒肴をふるまってくれた。ソンジュンは酒を普段たしなまない。ものすごく弱いわけではないだろうが、飲み慣れないため酔いを直ぐに感じる。しかしその日は祝いでもあり、主役の長老が機嫌よくソンジュンに話し相手を求めるものだから、酌を断れなかった。父やユン家の主は年が近いせいかそちらで話しに盛り上がってしまっている。仕方がなく、ソンジュンは案外酒好きの長老に付き合っていた。
案の定、部屋を出たとき、ソンジュンの足元は危なかった。そのときは意識ははっきりしていた。気も張っていたのだろう。けれど庭に出て、父が輿に乗ったとたん、足元に力が入らなくなった。自分でも驚いた。するとソンジュンより少し年上の、主の息子が慌てて近づいてきて、休んでから帰るようにと言ってくれた。正直気分も悪かったので助かったと思った。体を支えてくれたのがその息子だったから何も思わなかったのも思い出した。離れの部屋で酔いを醒ましたらよい、そう言われてありがたくその勧めに従った。父の輿が門から出ていく光景は覚えている。かろうじて見送ったのだ。
だが、その次に見た風景は、夕日に照らされた離れの部屋の中。布団に寝かされていたソンジュンの隣には、その日、ソンジュンたちに給仕をしてくれていたユン家の孫娘が半裸で横たわっていたのだ。そして。
お情けを賜りました・・・ずっとお慕いしておりましたからうれしい・・・
と泣かれてしまったのだ。