㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
『成均館文集』が発行されたのは、ユニが成均館に入ってからは二回。二回ともジェシンの漢詩が掲載されている。編集は有志の儒生数人が行っているようだが、当然のごとく文芸を好み、読むこと書くことに傾倒している者たちの集まりだ。その儒生たちが頭を下げてジェシンに詩を依頼するのだ。その実力はユニが思うより高いのだろう。一度目は算学研究会の集まりの直後に二人が乱入してきてジェシンにしがみついた。何をされても離さない、というその気迫に、ジェシンが片手で書きなぐったものを、戦利品のように彼らは掲げて去っていった。当然文集にそれは載り、王様ですら文集が手元に届くのを待ったのは、ムン・ジェシンが漢詩を書いて提供したという話が伝わっていたからだと聞いた。どこまで本当かはわからないが、そのときの詩は、ハングルで書き直されてユニの手元に残されている。ジェシンがくれたのだ。
もう一回は、再び編集の儒生たちが、中二坊の扉の前で座り込んで手にいれた。ユニがソンジュンと尊敬閣から帰ってくると、扉の前で座り込み、中にいるジェシンに向かって詩を書くよう懇願している場に出くわしてしまった。三人でびっちりと扉の前を固めてしまい、ユニとソンジュンが戻ってきているのにも眼も向けず、ひたすら頼み、頭を下げ、拝んでいる。うるせえ!と扉を半開きにしたジェシンが、立ち尽くすユニを見て肩を落とし、ちょっと待ってろ、と言ってから寸の間に書き上げた紙を、三人の編集者たちは頭上に掲げながら走り戻っていったのを覚えている。まるで取り返されまいかと言うように。
「あれも行事の一つだよねえ・・・。」
「めんどくせえ話だぜ。」
ジェシンは興味を失ったかのようにまた読んでいた詩集をめくった。
「やっぱりサヨンみたいによく読んで知っていないと上達しないのかなあ。」
「一つの理由ではあるだろ。詩集になっているほどの漢詩、詩聖だけでなく作り手不明の詩だって、名作だからこそこうやって残っているんだ。自分が書く書かない関係なく、言葉から浮かぶ風景や人の心情を膨らませることのできる力があることが分かれば面白くなるぜ。いくつも名作に触れるうち、詩の決まりも自然に身に着くし、語彙も増える。何か故事や説話なんかを踏み台にしたものは、常には読まない本を読んで新たに何かを知ることができる。別に書かなくても読むことを楽しめばいいと思うけどな。」
「でもサヨンは書くのも好きでしょ?」
「まあ・・・好きだ。」
ううん、とユニは考え込み、ジェシンの複雑そうな顔を見ることはなかった。何しろ、行事のことで頭が一杯なのだから。
「あと・・・あれは行事・・・なのかなあ?」
「何々~?!」
例のごとくさも自分の部屋のように断りもなく入ってきたヨンハが、ユニのつぶやきに反応した。
「え・・・?あ、ヨリム先輩。あのね、月に一度、王様の前で諮問があるでしょ?」
王様は学問好きで、月に一度、成均館の儒生を呼び、それぞれ一節を暗唱させ、問答を仕掛ける。現王は特に熱心で、必ず何か問うてくるのだ。ちなみにこれは全儒生ではなく、博士の推薦、および王様が選んだ儒生。そしてユニ達四人は常に呼ばれている。試験より緊張する。
「あれはなあ・・・まあ、成績には関係ないから行事に近いか?そんなものか。」
ヨンハも首をかしげながらユニの隣に座った。
「今受けている講義関係なく指定されるからな。学問の範囲ではあるけれど、ある意味短期の勝負事、って感じだよなあ。失礼ながら王様とのさあ。」
「そうだよね。だから行事っぽく感じるのかな。」
そんな会話に、小机の上を今夜の自習用に整えながら聞いていたソンジュンが入ってきた。
「でもキム・ユンシク。どうしてそんなに行事ごとが気になるんだい?」
う~ん、とユニは首をひねった。正直、ドヒャンに言ったみたいに、学問をするために成均館にいるのに、行事は必要ないのでは、と思うのだ。ユニみたいに、どんなに頑張っても文武両道になれない者だっているのだから。女だし。この非力では弓だって打杖だって今以上できる気はしない。よろよろだ。多少すばしっこいが、それだけだ。
「別に・・・成均館で士太夫になるための行事は必要ないんじゃないかなあ、って思ったんだよ。」
それを聞いても、三人は馬鹿にもしなかった。