㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニがうっすらと気を取り戻したとき、霞む視界の向こうにあった顔は、ユニが気を失いながら呼んだ人のものだった。
息の詰まる打撃を腹部に受け、気が遠くなる中、どうして、とコロ先輩、と咄嗟に思ったことが、目が覚めた時に続いていた。なに、どうして、コロ先輩。そしてうっすらと見える目の前にある顔は、呼んだ人そのものだった。
「せん・・・。」
「・・・まだ喋らなくていい。先生・・・。」
涙がぽろりとこぼれた気がする、一瞬視界ははれたのに、また水が溜まって霞んだ。また晴れて、また霞む。頬を拭ってくれる指の感触に、また涙が瞳の中をいっぱいにする。
「怖かったねえユニちゃん。医院に戻ったらちゃんと診るけど、ちょっとだけ確認を先にさせてくれよ~。」
優しい先生の声がする。ほっとして顔を傾けると額がちょうど何かにもたれかかるようになった。何だか安心してそこに額を預けてしまう。医師は全身を見ながら手首で脈を取り、そのままでいいからね、と言いながら、片目ずつあかんべをするように指で開けて覗き込んでいた。いいねえ、いい枕だねえ、と笑う声。ユニは目をつぶってこくこくと頷いた。
「担架を持ってこさせようか?」
「ユニちゃ~ん、先生の病院に戻ろうねえ、殴られたところがあるみたいだから、治療するよ。担架に乗せてもらおうか!」
警官の問いかけに明るくユニに声を掛けることで答えようとした医師に返事をしたのはジェシンだった。
「先生。こいつぐらい俺が運びます。すぐそこだし。担架はこいつらに必要じゃねえ?」
あははは、と明るく笑って医師が立ち上がるのを、ユニは涙をこぼしながら見上げた。そしてまた額を預ける。そこがもう何なのかをユニは分かっていた。
額が何度か布で擦れた。布の下にある固いけれと弾力があって熱いものがジェシンの腕だと分かっていて、ユニは額を預けてもたれた。一番安心できる場所のような気がした。また助けてくれた、よんだら来てくれた。そんなわけないのに、でもそう思った。
立ち上がるぞ、と声が落ちて来る。体に力が入らない。それでも少しだけ体を縮こまらせた、気がする。けれどジェシンはそんなユニの努力など何にもなかったように、ユニの首が載った腕を差し込みなおし、尻を支えていたらしい膝をグッと立ち上げ、自然にもう片方の腕を膝裏に差し込んでユニの体を折りたたむように自分の腹前にひきつけた。
「・・・重いでしょ・・・。」
「あ?喋れるか?喋れるんならよかったぜ。」
かすれた声のユニの言葉にすぐさま反応したのに、答えはちぐはぐだった。横抱きにされてジェシンの足取りそのものの揺れに身を任せながら、ユニは男の人に抱いて運んでもらっているという状況が、こんな時でも少し恥ずかしくてつい言ってしまったのだ。
「喋れる・・・重いでしょ・・・ちょっと歩いてみるから下ろして・・・。」
「あ?お前さっきまで目ぇ回してたんだぞ。先生が検査するまでじっとしとけよ。」
「あるくもん・・・。」
「お前なんか軽いもんだ。もうすぐ着くから黙ってしがみついてろ。」
あれ、と思う。この間まで、ユニのことを『君』と呼んでいたはずのジェシン。今は立て続けに『お前』『お前』。めったに名前も呼んでくれない人なのに。照れ屋なのよ、なんて病院の奥さんは笑ってたけど。ユンシクのことなんかすぐに『シク』って呼んだのに。私の方が先に知り合ったのに、助けてもらったのは私なのに。だから何だかちょっとうれしい。
遠くで荒々しい声と音が聞こえる気がしたけれど、ジェシンの腕にぎゅっと額をくっつけていれば、何も怖くなかった。
診察室には流石に入れなかったから、ジェシンは医師に警察を呼ぶよう伝えてくれた大けが親父と一緒に裏口のある部屋で待っていた。戻ってきたら涙だらけの親父が、ユニを見てさらにわんわん泣いた。俺がよう、もっと早く来てたらよう、と言いながら。はいはい、と医師はいなして、ジェシンにユニを寝台に寝かせるよう言うと、ついてきた親父もろともジェシンも診察室から追い出した。
「ユニちゃんに怪我がないか診るからね!男子禁制!」
という事で涙だらけの親父と二人で、ジェシンはただ待つしかなかった。