㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ここには高い位置にある窓が一つしかない。外を覗くことは不可能だ。逆に覗かれることもない。ただ、ガチャガチャという扉を揺らす音は途切れた。ジェシンだってことさら静かにこの部屋に入るドアを開けたわけではない。普通に物音、足音を立てていた。外にいる者だって人の気配に勘づくぐらいには。
ジェシンも動きを止め、扉の外も静まり返った。息を静かに整える。自分の気配を落ち着かせる。全神経を扉の向こう側へ向け、気配を嗅いだ。聞こえる。足をにじってわずかにたつ砂利の音。少し荒い息遣い。おい、か何か、扉の前にいる者よりも後方から不審がるひそめた呼びかけ。
気配が膨らんだ気がした。体当たりするつもりだ、そう分かった。気配の塊が向こうにある、そう思ったとたん、ジェシンは足を肩幅に開き左足を少し後ろに下げ、腰を落とした。大きく息を吸う。階段まで行かなくったって、この建物中に響かせる自信がある。
バキ!という蝶番とひっかけるだけの鍵が壊れる音がした瞬間、ジェシンは腹の中の息を全部吐き出した。
「泥棒だあ~~~っ!!!」
「いいですか。君は高校生なんだよ。」
ジェシンは警官に説教されていた。ついでに医師も雁首を並べて説教されていたが。
「あなたね、確かにムン・ジェシン君は体も立派だし強そうだけれども、高校生なんだと知ってますよね。彼のお父さんが警察関係者じゃなかったらどうなっていたか。」
「いやあ、分かってはいたけれどね。」
ケロッとしている医師の言葉に、警官はまた目を剥いた。
「それなら尚更ご自分で通報してくださいよ、高校生に頼らないで!」
「でも起こってもいない盗難事件は受け付けてくれないよね。」
「~~~!!パトロールぐらいは対応できますよ!」
「でも大体夜回りが終ったら泥棒に入られるんだよねえ。」
説教を受けていても医師は飄々と答え続けた。ジェシンは目を見開いて医師を見ていた。親父の職業が知られてたとは。その視線を受けて、医師は苦笑した。
「悪かったよ、ムン君。けれど君の姓は多いものじゃないし、新聞などで時に顔出しされる警視総監に君はそっくりだよ。君がご家族に連絡をとったら、警察の一番上の人に巷の危険性が直接耳に入るかな、って思ったのは本当。打算でごめんよ。」
申し訳なさそうに頭を掻いて、よっこらせ、と医師は立ち上がった。診察台の上では、けが人が驚きのあまり起きてしまって壁に寄りかかって座っている。容体を見るつもりなのだろう。
もう連れて行かれてしまったが、この医院に押し入ってきたのは三人のチンピラだった。ジェシンは自分の大声でガタガタと上の階の夫妻が覚醒した音を確認したが、それよりも、蝶番の外れた扉をむしり取って入ってきた侵入者を迎える方が忙しかった。
なんだあ、お前!一人だ一人!どけよ、怪我するぞ兄ちゃん!
そんなことを興奮状態で言いながら狭い台所、一歩踏み込んだその瞬間、ジェシンは引いた左足を軸にして体をひねった。
と同時に『確保!』という声と地響きのような数人の足音が殺到してきたのだ。
遠心力と確かな体幹で鋭く回された蹴りは、見事先頭の男のわき腹に直撃した。かかとがだ。横手に吹っ飛んだその男の行方を、まるで呆けたように視線で追った二人の追随者は、あっという間に背後からとびかかった警察官たちに押しつぶされて取り押さえられたのだ。
いくつも扉の外から差し込まれるランプの光。それをかき分けて来る指揮者らしき制服警官が一人。
『君がムン・ジェシン君かな!?』
とその警官が叫ぶ声と、台所もどきの小部屋の向こうにある診察室の電気が絞りをいっぱいに開かれてぱあっと明るくなったのは同時だった。
「とにかく構えをときたまえ。見張っていたが、三人だけしかいない。ここに居る人数だけだと確認はすんでいる。それに我々は確かに警察で、君のお父上のムン総監より現地の犯罪を防げとご指示を頂いての行動だ。」
「防いでないじゃないですか。扉は壊されちまった。」
「それには理由もある・・・揚げ足取りは辞めてくれたまえ。」
ジェシンが構えを解いた時点で、ようやく二人がジェシンに蹴り飛ばされたチンピラを後ろ手に手錠をかけ、診察室から、
「ご苦労様ですなあ!ムン君、怪我はないかい、いやあ、見事な大声だったねえ!」
というのんきな医師の声が響き渡ったのだった。