ノワール その30 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 「帰れ。」

 

 てろりと艶のあるシルクの黒シャツを着たジェシンは、

 

 「いやあ、格好ってすごいものだねえ。」

 

 「高校生には見えないわ。」

 

 と医師夫妻に笑われながら、それをもたらしたソンジュンにそっけなく言った。ソンジュンは何も悪くない。ただお遣いをしただけなのだが、ジョンに恨み言を言えない今、八つ当たり先がソンジュンしかいない。

 

 「お似合い・・・です・」

 

 と嫌みを返してくるところが憎たらしい後輩だが、友人を送っていく以外の寄り道をさせてしまっている。いくら車だからと言っても確実に家の人たちに心配をさせている。

 

 医院にまだ薬は届いていない。広くはない個人医院だから、どこかの部屋にいく時にも結局は診察室を通ってしまう。けが人はまだ眠っていたし、傍らには洗面器があって、額には濡れたタオル。怪我のせいで発熱し始めたのだろう。ジェシンは武道をやっているから、骨折を含め外科的な怪我をすれば熱が出る事があるのを知っているから驚きはしなかったが、薬はあった方がいいな、と同情はした。あの足のけがを思えば、少しでも辛いことは少ない方がいい、ぐらいには思うのだ。

 

 ソンジュンを返し、静かになった医院で、奥さんが作ってくれた簡単な夕食を頂いた。簡単だけれど美味しかった。腹が空いていたのを食べ始めて思い出したぐらいだった。それぐらい医院に呼びこまれてからは気を張っていたのだろう。

 

 食べている最中に人が尋ねてきた。薬局の人間だった。医師が出ていって中身を確かめている。麻酔の追加って珍しいですね、先生、という話声が、ジェシンにも聞こえてきた。

 

 「酷いけがなんぞ、一年前まではしょっちゅう見ていた。あの時は・・・助けてやれなかった人もいた。」

 

 「うちもペニシリンや消毒液すら手に入りませんでしたからね。」

 

 「ああ。真っ暗な停電中に、手元を必死にランプで照らしながら縫った子供が高熱で死ぬんだ・・・膿まないようにできていれば死なずに済んだ人は何人もいるさ。」

 

 「物資は軍用が優先でしたからねえ・・・。」

 

 「二度とごめんだね。」

 

 静かに聞いていた奥さんが、ポツリとジェシンに言った。

 

 「薬はね、適正に必要な人に使うためにあるの。軍用の時はそれでも我慢できた。兵隊さんの治療にも必要だからってどうにかして納得してた。けれどね、今日ムン君に頼むぐらい、医療用以外に薬を使おうとする人たちがいて、黙って盗っていこうとするの。うちも何回か空き巣に入られたから、なるべく強い薬は置かないようにしてたの。でも、緊急の時は必要でしょう?おかないわけにはいかないし、それに今回はヒロポンもある・・・。」

 

 かたん、かたん、と隣の診察室で音がする。薬を片付けているのだろう。ジェシンは奥さんに黙ってうなずくと、椀の中の飯をかきこんだ。

 

 

 ジェシンはヒロポンという薬の効能を目の前でまざまざとみることができた。けが人が麻酔から覚めた時に医師が使ったからだ。

 

 覚醒し始めてけが人は唸り始めた。熱もあるし痛みも感じ始めたのだろう。医師はその唸り声を聞き、痛みで動かせないはずの足すら浮かすのを見て、すぐに注射の用意をした。奥さんは別の洗面器を持って待機している。ジェシンは手招きされ、とにかく注射の間動かないように上半身を支えるよう頼まれた。足は、痛い方が動かしはするけれど思うようには上がらないらしく、とにかくまず打つ、と判断したようだった。

 

 あっけないほど注射はすぐに終わった。奥さんが水で絞ったタオルであちこちを冷やすように拭いてやると少し静かになるが、すぐに唸りだす。唸り声が言葉になり始めた。畜生、いてえ、いてえ・・・そして誰かの名前、お母ちゃん、お母ちゃん・・・。何度も繰り返しながらけが人は覚醒していく。不思議なのはだんだんトーンダウンしていくところだった。医師を見ると、これが薬の力だよ、と頷いてくる。

 

 「ごまかしているんだ現実を。脳がそう指令するよう働く物質で出来ているからね。酩酊した興奮状態になるから、痛みも感じにくくなるし、機嫌が良くなる。今はね、麻酔の覚醒と、怪我のためにこの薬で落ち着かせようというこちらの意図がある。だが、こういうのは依存性が高い。何しろこれを打ったら、何とかなるね、大丈夫だね、なんて気分になって、自分が万能な人間だと思わせてくれるからね。だからできたら今回はこれ一回で済ませたい。彼がこの薬を『いいな』と思わないために。」

 

 だからこの薬は欲しがる人が多いんだよ、と医師は悲し気に言った。

 

 

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