㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
「ユニはまだ子供です。縁談など早い。」
「お前の母は13で儂の妻になったぞ。」
う、とジェシンは言葉に詰まった。知っている。赤子の時から婚約者が決まっていることだってある階級だ。成均館ではまだ若い方の年齢に入るが、数歳年上の儒生にはすでに妻子のいる者だって多くいるのだ。
「まあ・・・婚姻を結ぶにしても、実家に返さねばならぬとしても、ユニが手元からいなくなればお前の母が寂しがる故、もう少しこの家から出す話は儂だってしたくない。だが、実家に戻してしまうより、我が家から嫁いだ方が、我が家がユニの実家になるではないか。そうであろう。そうすればお前の母の徒然に会いに来るように言えるではないか。」
父の言うことはもっともではある。しかしどちらにしろユニがこの屋敷からいなくなることは同じだ、とジェシンは憮然とした。自分が戻ってきて、飛びついてくるユニがいないなんて考えられない。ユニはずっとここに居ればよいのだ、そうとしか思えない。
「・・・先の話ですね。」
「ああ。ただ、近々実家の意向は尋ねてみようとは思う。こちらの思惑通りになればよいが。」
「あははははっ!」
その話を愚痴がわりにこぼした聞き役のヨンハが、この上なく面白そうに笑ったので、ごすり、と一発背中に入れた。話を聞いてくれた分力は弱めたが、笑った罰の分の力は上乗せしておいてやった。
「何がおかしい。」
「痛いよコロ・・・ひどい・・・。」
来季、大科と小科が行われるという事で、成均館では大科を受ける儒生たちが血眼になっている。ジェシンとヨンハは全く関係ないので、いつも通りの生活を送っていた。父はユニの実家と話をしたのだろうか、そう考えながらも、ジェシンはその結果を知るのが怖くて、次の帰宅日まで屋敷には戻らないつもりでいた。けれど、貸本屋の主人とそこにやってくるおそらくユニの弟であろうあの少年とのことが気になり、ヨンハに話をしたのだ。するとあろうことか、ヨンハが笑ったのだ。殴る以外に選択肢などない。俺の心配事を笑うなんていい度胸だ。
「だってさ。何だか物にも人にも執着がないようなコロがさ~、ユニ殿のことに関しては違うだろ。そりゃ面白いよ。」
「あ?ユニは妹だ。心配して何がおかしい。」
「そうなんだけど、ちょっと違うんだよな~。」
周りにいる他の儒生たちだって、姉妹を持つ者は大勢いる。姉が子を産んだ、妹が婚約した、などのめでたい話題も会話の中には上るし、大体両班の婚姻は派閥内でも派閥外でもその家の勢力地図を変えるかもしれない一大事だ。そこに多少の身内の情は入っても、いい家に嫁に行ってくれた、なり何なりの感想が関の山で、屋敷からいなくなって寂しい、などというものがいたためしはない。時に母が寂しがっているという話がないわけではないが、それは母娘ゆえの女人としての別の心情がある気がする。だから、ジェシンの、ユニが屋敷からいなくなることに関しての抵抗が、それが婚姻にしろ実家関係にしろ、妙にこだわっているのが明らか過ぎて笑ってしまったのだ、ヨンハは。
「お嫁入りしたって妹は妹だし実家は実家だろう。ちょっと間に相手の家が入るだけでさ。お前は永遠に『お兄様』だろうが。それにご実家に戻ったとしても、お前たちのことを大事に思わないユニ殿ではないだろうが。それこそ嫁入りとおなじで、ムン家だってユニ殿の実家だよ。それぐらいの歴史があるだろう、お前たち家族の間には。なのに、ユニ殿が屋敷を出たらまるで消えてしまうかのような心配に聞こえるんだってば。」
ジェシンは返事をしない。そんな事は分かっている。今までの関係を直ぐに忘れるほどユニは薄情ではない。だが、嫌なのだ。ユニが涙をこぼしたとき、慰めたのは俺たちだ。ユニが笑った時、傍に居るのは俺たちでないとならないのだ。あの屋敷はユニで溢れている。ユニが屋敷から立ち去れば、屋敷のあちらこちらで俺たちはユニの痕跡を探して歩くのだ。内棟から飛び出してきて、踏み切る位置まで俺は分かる。俺はいつまでもそこに座り込んでしまう。
「ホント・・・分かってないよな、自分の気持ちが。ユニちゃんを屋敷にずっと置きたいのなら、方法あるだろ。」
ヨンハがブツブツつぶやく声も、考え込むジェシンの耳には入ってこなかった。