赦しの鐘 その16 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 ユニにとって実家はどういう存在なのだろう、とジェシンは悩むのだ。ユニは自分がムン家に養われているだけだという事を良く自覚している。両親が実の娘と同じようにしてほしいと心の底から願っているからそうふるまっているが、どこかによその家の子であるという意識は残っているのだろう、と時にかわいそうになるのだ。いっそのこと、養女として戸籍からムン家の娘にしてしまった方が良かったのかもしれない。けれどユニは実家のキム家が望んで外に出した子ではない。父が間違いによって、それも捕り方に刺殺されるという不幸から始まり、それに端を発した火事により母の目を悪くさせられ、赤子だった弟は肺が一部熱傷によって役に立たなくなった。母は二人の幼子の世話はできず、弟と共に療養の時期が続いたため、無傷だったユニをムン家が預かったという経緯は、ジェシンの父親にとっては罪滅ぼしでもあった。ユニを預かる期間が長引くにつれてユニへの愛情が深くなり、キム家の奥方とユニの弟がなかなかに健康体に戻らないのを言い訳に、ユニを預かり続けてきた、というのが真相でもある。ただ、その預かる、という体裁を、罪滅ぼしの観点から撤回できなかったのだろうなあ、とその点ジェシンは父に同情していた。

 

 自らも当時赤子同然だったユニは、はっきり言ってムン家での生活しか知らない。キム家を懐かしいと思う気持ちもないだろう。だが、生活に少し波風が立つと思い出して見てしまう当時の恐ろしい記憶。幼子の目と耳と感覚に焼き付けられたあの日の惨状が、ユニのキム家の記憶だ。ただそこに母と弟の存在がない。誰かに手を引きずられて、誰かに顔を衣服に押し付けられた。そのおかげでユニは煙を吸い込むことも熱波を吸い込むこともなく無事でいられた。母親の精いっぱいの子を守る行動がユニを救った。けれど赤子同然の二歳。恐ろしかったことだけが記憶に鮮やかに残り、子を守った母の行動、母の存在はなくなってしまっている。それもジェシンの両親の罪悪感の一つなのだろう。あの恐ろしい状況の中、必死に二人の子を守ろうとした母親から、大事な子のうちの一人を取り上げてしまっているのだから。それがユニが完全に戸籍からムン家の養女にならない理由だ。ユニは『お預かりしている娘』でないといけないのだ、ムン家にとって。けれどユニはムン家で育った、ムン家の娘だ。

 

 「俺にとっちゃ、ユニは屋敷にいるのが当然なんだよ。」

 

 成均館に戻りながらつぶやくジェシンに、静かに罵倒されたと少々拗ねたヨンハは、ふうん、とおざなりに返事をした。多分ジェシンは返事は求めていなかっただろうが。ここで合の手を入れてしまうのが、ヨンハの調子のいいところでもあるが。

 

 「この本なあ。ユニに本を注文してやったって言っちまったんだよなあ。あいつ楽しみにしてんだよ。それにこんな見事な写本、めったにお目にかかれねえぜ。綺麗な字、読みやすい整った言葉の羅列。だがよ、この字を見て、ユニが何も気づかないわけ、ないように思う・・・。」

 

 そんなもんかな、とヨンハはまた返事をしてやった。拗ねた気分は少しだけ回復している。ジェシンがあまりにも悩まし気につぶやくのが珍しくて、面白くなってきたのだ。

 

 「親父が昔、これほどユニのことを気に掛けないのはどうか、と憤慨していたことがある。ユニのことを忘れているんじゃねえか、って。逆に俺たちも、ユニには、ユニがうちの屋敷にいるあらましを話している以外は、キム家のことは教えずに来てる・・・ユニに関しては、ユニにキム家のことにできるだけ関心をもたないようにさせてきたようなもんだ。実際はどうなんだろうか。寝た子を起こす、なんてことになると困る・・・実家に戻ります、戻った方がいい、なんて言われたら、俺はどうしたらいいんだ・・・。」

 

 ヨンハはジェシンのつぶやきを楽しく聞き、途中でへえ、ほう、そう、と調子よく合の手を入れて、ぜひ、ぜひ、そのユニ殿を拝見しよう、と決意を固めた。これほど親友の心を乱す義妹殿なのだから。

 

 

 

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