赦しの鐘 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 あの夜はうだるような暑さと夕方に激しく降った雨の湿気とでいらだつような日だったという。けれどジェシンは・・・その時まだたったの五歳だったジェシンが覚えているのはそんなことではない。明け方に聞こえた小さな泣き声。部屋から顔をのぞかせると、成廊棟から聞こえる父の怒鳴り声。母の部屋の扉があけ放されていて、ジェシンは不安になった。暗い廊下を、ぽっかりと開いた内棟の扉に向かう。泣き声が父の大きな声の合間に聞こえる。そろそろと近づくと、内棟の上がり框の広縁で母が赤い布を抱きしめていた。

 

 その日。ジェシンには妹ができた。名はユニという。二歳の、大きな瞳の女児だった。

 

 母の腕の中にあったのは、赤い布ではなくてその布に包まれた女児だった。怯えて泣いているのに、怯えすぎて声が上がらないのだ。けれど時折しゃくりあげるその泣き声がジェシンに聞こえたらしい。最も起きた原因はたぶん父の大声。母を起こしたのだろう。ジェシンの記憶では、父は外から戻ってきたばかりの格好だった。父の後ろにかがり火と大勢の捕り方がいたことも覚えている。母に何か言うと、そのまま再び屋敷から飛び出していった。その頃には兄も飛び出してきていた。兄は母を見、その後ろにジェシンを見つけて、自分のするべきことを理解したらしい。母を追い越し、七つのときから許しのない限り足を踏み入れない内棟に入ってきてジェシンの前にしゃがんだ。部屋に戻りなさい。そう言われたジェシンは、でも赤ん坊が、と言った。そうだね、赤ん坊だ。赤ん坊は母上のような優しい女人に世話をしてもらった方がよく眠るからね。そう言い含められて、手をつながれ部屋に戻された。うっかり寝たのは、兄が枕もとで論語を暗唱したせいだと今も思っている。珍しく誰も起こしに来ないので少々寝坊したジェシンが母に挨拶のために部屋に行くと、そこには幻でも何でもなく、小さな女の子が布団に寝かされていた。

 

 

 

 「・・・というわけだ。」

 

 語り終わったジェシンに、ヨンハは目を丸くしたままため息をついた。成均館に入って一年。荒れていたジェシンの生活も一旦落ち着きを見せ始め、それでも不良儒生という冠は取れていないままだが、実家の父親に反抗する態度を見せるくせにちょくちょく屋敷に顔を出している様子に疑問を抱いたヨンハが、しつこくしつこく・・・大層しつこく聞いてようやく引き出した答えが、母と妹に会いに、という言葉だった。いもうとォ?!と叫んで一発殴られたが、驚かせたのはそっちの方だろう、とヨンハはブツブツ言った。付き合いはそれこそ19歳になる今から数えて6年は過ぎるだろう。なのに妹がいるなんて全く知らなかった。教えてくれてもいいだろう、と思ったのは自称親友としてはおかしくない心情のはずだ。ただ、話を聞いてみれば、どうも血はつながっていないようで。

 

 「公にしてねえから。知っている人は知っているらしいがな。義妹は・・・親父の失態の象徴だ。いや・・・その時の部下の失態の尻拭いの象徴だ・・・。大手を振って養女にしたわけじゃねえから、自ら言いふらすこともなかっただけだ。」

 

 「失態・・・って?」

 

 

 その頃、大掛かりな収賄事件を追っていたジェシンの父の部署。父は副官だったが、上司の大監に命じられてある部下にその捕縛の指揮をとらせることになった。その部下が、あろうことか捉えるべき両班の隣家に間違えて踏み込んだのだ。暗い夜。かがり火があったとしても、はっきりと判別できない顔に向かって取り方の突棒は振り下ろされた。がんじがらめになったその屋敷の主人を引きずり出してみれば、まるで別人。何人もでやみくもにとびかかったせいか一人の突棒が腹に突き刺さっていて、目を見開いたその男は苦しみぬいた後死んだ。その上、捕り方が来たことに気づいた隣家の真犯人は、屋敷に火をつけて逃亡したのだ。その火は死んだ男の屋敷にも移り、表での騒ぎに怯えて奥に潜んでいたその男の妻子が取り残されてしまっていた。

 

 その男には二人の子がいた。その上の子がユニだったのだという。

 

 

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