㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
当の四人は、合格が決まった翌日にでもすぐに書院に戻りたかったのだが、結局三日ほどかかった。当然彼らの合格はそれぞれの家族にも大切なことなのだから仕方がない。両班になりたての家であるク家ですら、話を聞きこんだ知り合いなどから祝いが届くのだから、それぞれの派閥で父親が中心人物であるイ家とムン家など言わずとも知れている。本人がいなければならないこともないだろうとそれぞれは主張したが、流石に合否の発表日と次の日の放傍礼辺りはそれぞれの屋敷に戻らねばならなかった。ユンシクはク家の客としてその騒ぎをちんまりと遠くから体験し、先に戻ろうかとも思っていたのだが、ジェシンとソンジュンが必死に父親を説得して雲書院への挨拶と引き上げのための外出を数日もぎ取ってきたので、ようやくそろって出発できた。男の脚では、丸一日、日の出る前から歩き始めていつもなら就寝する時間ぐらいには徒歩で着く。どこかに泊まるのも大げさだし、都に戻ってきたときも丸一日かけて歩き通したのだから、と男四人でのんきに街道を歩いた。
「実家には顔を出さねえのか?お母上様に直接ご報告しないと。」
そう言ったジェシンに、ユンシクは実家の母を思った。結果は手紙で知らせてあった。書院を引き上げなければならないから、成均館に入る前に一度実家には滞在するつもりでいる。とにかく書院の方が先だと思う、と言うと、ふうん、とジェシンは頷いた。
「改めて準備もあるだろうしね。」
とソンジュンに話しかけられて、それにも頷いたユンシクだったが、準備と言われても、と着替えぐらいしか思いつかない。それでも母にきちんと挨拶を、とは決めていたから、戻ることに変わりはなかった。
「ユニお姉様は、書院にお残りになるんだろうか?」
ヨンハがつぶやいた。これは、ヨンハの屋敷に滞在中、ユンシクとヨンハの間でよく出た話題だった。ユニがこのまま実家に戻らずチェ師へのご恩返しに書院で働き続けたいといっていることをユンシクは知っていたが、実際にどうなるかはわからなかった。ユンシクがいなければユニが書院に行くことはなかったかもしれないのだ。ユニがユンシクのおまけではないことは良く分かった上での事実だ。実際は、ユンシクにユニが必要だからユニが一緒に書院に行くことになったのだから。だからおまけというのではなく、ユンシクがいなかったら、ユニは書院に行く必要はなかったのだ。それに、少し悲観的な考えだと、ユンシクがいなかったら、高い医師代、薬種代に金を使うこともなかっただろうから、ユニが売られかけた借金騒ぎなども起こらなくて済んだかもしれない。かも、かも、の仮定ばかりではあるが、それぐらいユンシクは自分のことで迷惑をかけたという自覚がある。だからさ、とユンシクはヨンハに言っていた。姉上がやりたいようにやって下さったらいいと思うんだ、姉上が書院にいたければ、僕、先生にも母上にも頭を下げてお願いするつもり、と。
「お前、母上も引き取って都に一軒構えろよ。今の家、売れ。」
「無理言わないで・・・実家は田舎だよ、売ったってあんな小さな家、都で家を贖うほどの金額じゃ売れないよ・・・。」
「じゃあヨンハ、一軒都合しろ。あることも忘れている屋敷が一軒や二軒、三軒ぐらいあるだろ。」
「あっても俺のじゃないもん、親父のだもん。」
「あるんですね・・・。」
「あるんだ・・・。」
皆口には出さないが(ヨンハは出したが)、ユニと毎日会えなくなることにいまいち実感が湧かない。なぜかユニなら儒生としての自分たちの近くにいて当たり前の存在のように思っていた。それぐらい書院にいて当たり前、書院に似合う娘だったのだ。
「じゃあ、ご実家にお戻りになったらいいんじゃないかな。ご実家の方が都から近いし、君が里帰りするときに俺もご挨拶に行くことができるよ。」
とソンジュンが言うと、ジェシンが、俺も行こう、などと言い、ヨンハも名案だ!と騒いだ。それでも皆、どこかそれはない、と分かっていた。ユニはそう、雲書院の象徴なのだ、彼らにとって、チェ師を支えて書院を円滑に運営させる、書院のかなめなのだ。ユニは書院に居るだろう、そう思いながらも、自分たちが書院からの旅立ちのときを迎えていることとそれがユニとの生活が終ることの実感が湧かずにいるのだ。