箱庭 その34 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 講義は滞りなく行われている、ように見えたが、毎日若者たちと対峙して受け答えに徹するチェ先生からすれば、気がそれている、何か悩みがある、という事は見透かされているらしい。あの雨の日からしばらくして、ソンジュンは講義のあと、先生に呼ばれた。

 

 「失礼いたします。」

 

 と入った先生の私室で、対面に座るように言われて、ソンジュンは大人しく座った。何か先生に失礼なことでもしただろうか、と呼び出しの理由を考えてみたけれど、心当たりはなかった。

 

 「体の調子はどうか。」

 

 静かに聞かれて驚いた。咳でもしたか?いや、まったく、と講義中の自分と現在の自分のことを思い浮かべて、否、と返すと、

 

 「では、何か辛いことや不満などはあるか。」

 

 と短く聞かれた。これにもすぐに首を振った。ソンジュンは書院での学問の日々、自分の身の回りを自分で整えて暮らすことの充実感を感じていた。使用人に様々に世話を焼いてもらうことの方が楽ではないかと誰かに言われそうだが、自分の加減で片付けたり整理したり、また住まうもの皆共通の仕事を割り振ったり、協力したりして行う生活は思いの外快適だった。

 

 一つには、例えばソンジュンが早朝の決まった時間に誰よりも早く起きて、自室で静かに本を読む時間を持つ習慣に対して、誰も驚きもしないし、何も言わない。儒生としてあるべき行動だと言外に認めてくれている気がする。屋敷では、気づきませんで、洗面のご用意が間に合わず申し訳ございません、朝餉はもっと早い方がよろしいですか、炭の準備は、などと下女下人だけでなく母にすら気遣われる。これが贅沢な話だがうっとうしかった。起きて顔ぐらい自分で洗う。少し外に出れば水場はあるのだ。朝の行動など、いつもの通りで構わないから気にしないでほしい、寒ければ一枚着るものを多くすれば良い、一時だ。そう言いたい。実際、この時間は邪魔しないようにと最終的には言った。それがこの雲書院にはない。自らの行動は自らの責だ。身づくろいをすることも、洗面も。誰も何も指示しない。朝仕事と朝餉は決まっている毎日のことだから、その刻限に合わせて行動すればよい。それが律するという事で、宵っ張りの先輩二人もこの決められた朝の行動には、眠そうにしていても文句も言わないしきちんと自分の役割を果たす。自分の責だからだ。

 夜だって、ユンシクが部屋に押しかけて来たり、何か思うところがあるのかヨンハがいたり、ジェシンが壁にもたれて本を読んだりしているが、お互いのしていることに邪魔はいれない。いや、時にヨンハがジェシンの投げ出した足にちょっかいをかけて蹴られているが。それもいい気分転換ぐらいにしか思わない。そしてまたそれぞれのしていることに戻る。本を読み考えることに疲れたら、話をしたりもする。同じ両班でも、家の方針や考え方が違うことが面白い。

 

 そんな充実した生活のどこに不満があるというのか。

 

 けれど確かに、学問中にふと気が外に向くことがあるのは、気にしないようにしていて気がついてはいた。例えば今日は、午後の講義の終わりの方に、書院に響き渡る声で村から来た男が笑ってしゃべっているのが聞こえた。いつも青菜などを売りに来る男だ。時に釣った魚も持ってきたりする。ユニと仲が良くて、魚などはユニのために下処理をしてやったり、串を上手に通してやったりと世話を焼いてくれる気のいい親父だった。ああ、ユニ様も笑ってるんだろうな、なんて思いながらも文字を追っていた。

 

 「そうか。それならよい。物思うことが時にあるだけだな。」

 

 そう言われてソンジュンは顔を上げた。その一瞬の集中の切れの失礼を見破られていたのか、と思ったのだ。大変な失礼を、と思ってみた先生の表情は穏やかだった。不快ではないようだった。

 

 「物思うことを厭うてはならない。物思うことで分かる真理もある。大いに思えばよいのだ、イ・ソンジュン。」

 

 その時、ソンジュンにはチェ先生のおっしゃる意味があまり分かってはいなかった。

 

 

にほんブログ村 小説ブログ 韓ドラ二次小説へ
にほんブログ村