箱庭 その30 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 穏やか過ぎるこの書院の生活は、きちんと規律があるがゆえに、逆に快適だった。自らのことを自ら世話する生活は、逆に学問への姿勢も正した。講義の時間を大切にし、その講義に向かうための自習も怠ることのない日々が自然に続いた。修行ではないからこその生活のための掃除などの仕事は息抜きとなり、体を動かす時間となり、そして戯言を言いかわす交流の時間となっていった。

 

 楽しい。生きていることが。そう思えた。

 

 ジェシンとヨンハ、ソンジュンがそう思うことは不思議だと世の中の皆は思うだろう。身分や家の裕福さは国の中でも最上位あたりにいる家の子息だ。家の方針はあるとはいえ、飢えることもなく、よく世話され、望む教育も与えられて今まで育ってきている。働いて働いてようやく生活している平民や、食うにも困っている民、人に追使われさげすまれる身分の奴婢などからすれば、夢のような育ちだ。だが、それは本人たちの胸中が幸せなことと等しくはない。

 

 ユニの書いたジェシンの詩の清書の紙を眺めながら、ソンジュンは呟いた。

 

 「ここで・・・ここでずっと学問に浸っていたい・・・。」

 

 ジェシンは苦く口元を歪ませた。

 

 「できるわけねえだろ、イ家の跡取りが。」

 

 ソンジュンも口をへの字に曲げた。

 

 「あなただって・・・今はムン家の跡取りだ。」

 

 「・・・うるせえ。老論のせいだろ。」

 

 久しぶりに口に出た敵対派閥への文句。しかし言ったジェシンも言われたソンジュンもそこで口を閉じた。

 

 家の栄達を背負わされるのは両班の子息の宿命だ。家を存続させるために子、特に男子をなし、そして自らが中央政権で栄達し地位を上げることで家を栄えさせる。地位が上がるほど周囲には人が集まり、それらの人々を味方につけることによって自分の意見が政治に反映され、また栄達する。もしくは自分に都合の悪い政策は、味方がいることによって反対多数で潰すことも可能だ。彼らの先祖も父親も、そうやってそれぞれの家を繫栄させてきた。ヨンハの家は貿易にも手を広げ財を成し、両班という地位を買い取り手に入れ、それ以降の繁栄は子息のヨンハにかかっている。ジェシンとソンジュンは、先祖の残した家の財と誇り、父が築いた地位の存続、更にはそれ以上の栄達が背にかかる。そこに学者という道はない。栄達には王宮での臣下の頂点に立つことが必要なのだ。それは大監と呼ばれる地位につくこと、大臣となり、王への影響力を持つ政治家になることしか、彼らの道は認められていない。

 

 何を贅沢な、と弱小な両班、そう、それこそユンシクなどからはそう言われるに違いない。けれどそれしか道はない、と言われることの窮屈さと先の決められた自分の人生には、他に喜びを見出した者にとっては苦痛だ。ソンジュンは、学問自体は官吏になりそれから栄達するには必要なものだから誰もがその優秀さを讃えるし、苦痛ではないが、本来はそれだけをしていたい、と思うほどのものであると隠して生きている。書に溺れ、その書を解析し、考え、真理を探す、そんな生き方がしたい。ジェシンも、学問は嫌いではない。読むことが好きだから、面白いと思う事の方が多い。しかし、弓や体術など体を動かす武術も得意な上に人並み以上で、そして感情を表す漢詩を延々と考え書き推敲して言葉をきらめかせることの方が性に合っている。

 

 けれど、言えない。言ってはいけないと知っているから。それだけ彼らは自分の立場と生まれた場所の意味を理解できるだけの頭を持っていた。幼いころから。学者になりたい、などとは言えない。武官になりたい、とはもしかしたら兄がいたら言えたかもしれない、とは言えない。言ってはならない。将来有望ですな、ますますお家が栄える事間違いないでしょう、などと周囲で言われる父に、そんなことを言ってはならないのだ。母を泣かせてはならないのだ。

 

 けれどこの書院で友と切磋琢磨し、生活をし、そして好きなことに没頭する時間を知ってしまった。それを見守ってくれる人がいることも。認めてくれる人がいることも。

 

 ユニの字は、二人にとってその象徴のように思えた。

 

 

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