㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
先に起きたのはジェシンだった。元は寝汚いと自覚があるほどに寝起きは悪かったが、兵役での規則正しく規律に縛られた生活を経て、時間が相手によって決まることの多い記者生活により、目覚めてから意識と体を即覚醒させる癖がついてしまっていた。だから一旦目が覚めると、二度寝はなかなかできはしないので、この朝も隣に眠るユニより先に体を起こした。
ユニはよく眠っている。まだ朝5時だった。ユニの首筋からそっと腕を抜いて、掛け布団を動かさないように気を付けてベッドから降り立った。下着だけはつけていたから、落ちているTシャツと短パンを拾い、寝室を出てから手早く身に着けた。リビングに行って窓を開け放つ。10月の空気は既にひんやりとしていた。
コーヒーを淹れて狭いバルコニーに出る。街は動き始めているがまだ静かだ。大都会ソウルは、あと数時間すれば賑やかな音に包まれる。
こんなに人が大勢いるというのに、ユニは孤独でいたのだな、と思った。大勢いたって、自分が親しくした人なんかその中にどれぐらいいるだろう。だがユニは、その人たちからも距離をとった。とらざるを得ないほど精神が追い詰められたのだ。選び取った孤独かもしれないが、なくても良かったものでもある。だからこそ、手助けできる人間がいるなら、その距離を縮めることに手を科すべきだろう。
絵本作家『ハヌル』としての顔まで用意したのに、新作の執筆にかこつけて、今までのままの生活でいた。そこに偶然とはいえソンジュンとの再会を経て、ユニの様子を見、絵本作家としてのもう一つの道の目途がついたことで、今度はジェシンが周囲から背を押された。前編集者に頼まれてはいたし、ユニを見守る彼女と編集長からすれば、ジェシンがユニの決意を支える人なのだろう。何しろ担当編集者でもあり、恋人でもあるのだから。ついでに言うと先輩でもある。事情をよく知っているが、その事情の時の当事者でないからこそ、ジェシンはユニと家族との和解に関われるのだ。
これがソンジュンではこうはいかなかっただろう。ソンジュンは当事者で、ユニが巻き込まれる原因になった人物だ。ソンジュンが悪いわけではないとはいえ、本人は罪悪感もあるだろうし、ユニだってソンジュンを媒介にすれば、やっぱり特別な何かが、とまた勘繰られるのではないかという心配をゼロにはできないだろう。ジェシンはあの時、いなくてよかったのだ。今のユニにとっては。
でも、いてやりたかったな、と思う。かくまってやりたかった。せめて、違うぞこいつは俺の女だぞ、と偽彼氏の役だってやってやれた。たいして会うこともなかった学生時代を経たって、ユニはジェシンにとっては可愛い後輩の姉、その上実際に大学の後輩。話をしやすい威勢であり、唯一心許せるだろうと予感していた女性なのだ。なんだってしてやれた。
今日は一日休みだ。その後ひと月ほどは、新刊の発売に向けた準備、広報、読者サービスに走り回らなければならない。書き上げた小説を売るのは、その文章の素晴らしさだけではない。ここからは売り手であるジェシン達編集者の仕事だ。読者の目に留まらなければ読んでもらえない。『ユニイ』は既に沢山のファンを持つ人気作家だが、だからこそ新規の読者層の開拓が欲しい。ドラマ化もされた小説により、若年層に広がった『ユニイ』の読者。元々は40代前後の男性読者に支持され始めたのが最初だった。ジャンルが固定しないからこそできる読者開拓。元からのファンが離れて行かないのは、ジャンルに関係なく魅了するユニの書くものの魅力だろう。それならば、今回初めて書いた時代ものである新作も、元の読者に受け入れられ、なおかつ歴史ものが好きな読者層に食い込めるかもしれない。そこは今までにこだわらず、けれど奇をてらわず、『ユニイ』という作家の持つ品位と実力を訴求する売り方を、とジェシンは求められていると感じている。
二人が初めて出す大作だ。この共同の仕事を成功させたら、ジェシンは大仕事に手を付ける。ユニと家族との縁を結び直すために。そう決めた。
風が流れて混んでくるリビングに、ユニがジェシンを探して目をこすりながらやってきたのは、それからすぐだった。