㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ソンジュンが先に立って案内してくれたのは、大学図書館の地下、空調が完璧に一定に保たれている書庫だった。湿度管理が大切なんです、そして光、と説明してくれるソンジュン。紙、特に自然素材のみで作られている昔の紙は、湿気や日焼けによる変質、そしてその素材のせいでネズミにかじられたり、虫食いが起こったりするのだそうだ。火事水害、戦乱による散逸、政権の変換機に起こる焚書などから逃れた貴重な歴史の記録は、今こうやって守られているのだ、とソンジュンも感慨深そうに語った。
糸で縫い綴じられた何冊かの本は、すでに図書館職員の手で並べられていた。文化財でもないので撮影も可能だという許しも出ていた。何しろコピーもできないのだ。
「これは今の全羅北道(チョルラブクト)全州市(チョンジュ)に置かれていた道庁に勤めていた役人の日誌です。役人と言っても中央政権からの派遣ではなく、地元出身の雇われ役人でかなり下の方の地位ですね。租税の取り立てやチェックなどをしていたと思われます。」
白い手袋をはめて、ソンジュンは一冊を丁寧に開いた。余計な折り目がつかないように、両手で丁寧に頁を開いている。
「租税の取り立て・・・この地域は国内でも肥沃な土地でコメが良くとれました。ですから租税の時期は決まっているんです。このあたり・・・。」
そこには自分が赴いたり、納めるコメを持ってきたと思われる村や地名が記されていた。石高などは本来の租税を管理する帳面があるだろうから、本当にこの日誌は仕事の覚書のようなものの様だった。
「仕事に関することしか記入されていません。ですが、他の時期になると暇ができるようで、それこそその日に食べたものなどが書いてあるんですよ。」
パラパラと、丁寧ではあるがめくった先のページには白い紙が挟んであった。ソンジュンが前もってこの冊子を確認していたことが分かる。
そこには、本日留守居、賄いは下女らと同様のものが出された、と書いているとソンジュンが説明してくれた。
「粟混じりの粥、青菜の漬物、キムチの汁。ですね。穀倉地帯とは思えない質素なものです。」
毎日ではないが、書くことがない日があるのか、時々その日の食事の内容の記述がみられるんです、とソンジュンは次々にページをめくっていった。それぞれに白いこよりのような紙が挟んであり、それらがソンジュンの親切の証拠であることは十分に分かった。ソンジュンは確かに政治学でも『歴史政治学』と言われる分野の研究者だが、食生活までは研究に入っていないだろう。他のことではないく、食事の記載に限って印を遺してくれたその準備の時間に、ジェシンは頭が下がる想いだった。
ハングルで書かれているため、全くわからないわけではない。ただ、今と違う言葉、違う名が使われているからこそ、ソンジュンの解説は助かった。ジェシンが持ってきたタブレットで画像を撮り、ユニがノートに解説の内容をメモしていく。順番通りに並べれば、画像とメモ内容は一致するはずだ。
「肉類はめったにないですね。」
「やはり下級役人なので、食事も下男下女と変わらないようですね。雑穀の混じった粥、漬物がメイン。汁があればいい方、時々何かの干し肉・・・これこれ、この日は祝い事で猪の干し肉がみそ焼きみたいな感じで出たようですね。」
「本当だ・・・猪、って読める・・・。じゃあ、庶民の食生活はこの役人の食事より良いものではなかったと思いますか。」
「思いますね。租税は大変・・・今の俺たちの課されているものよりも重いと思ってください。大概の家は毎食粥、と思ってもいいでしょうね。」
蛍光灯の灯の下、ソンジュンの教えを受けながら、ユニとジェシンはそれぞれメモをし、画像を撮り、ソンジュンの親切を目いっぱいに受け取ることに専念した。