㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
ユニの筆は文字通り走り出したらしい。安東から戻ってきて数日、自分の頭の中を整理していたらしいが、ジェシンが連絡を取ると、昨日から過去編を書き直している、というか新規に書いている、という弾んだ声が聴けたので、暫くは書くことに専念してもらうことにしていた。どちらにしろ絵本の方の出版があったので、そちらの情報の整理や宣伝などの雑務もあった。
ソンジュンからは、ソウルに戻ってすぐに、会える日を教えてください、という連絡が入っていた。ジェシンも先延ばしにするつもりはなかったから、二人であったのは10日後のことだった。ジェシンの方が時間的に不規則なのだ。ソンジュンはメディア関係の仕事が入っていなければ、夕刻以降はそれなりに時間は融通できる。
ソンジュンは日に日に世の中に顔を知られるようになっていたのだ。
新進の政治学者、今はまだ助手だから学者の中でも生まれたての卵みたいなものだが、精力的に出す論文、政治史を絡めることによる話題の広さに加え、その出自の華やかさ、本人の容姿の爽やかな好青年ぶりが、メディア関係が彼を放っておかない理由だった。彼の父親は現役の官僚トップであるし、その年月もそれなりに長い。元が国を司る役目を担う人物が歴代出る家系であることも、知る人ぞ知る彼の実家の歴史だ。本人はいたってくそまじめで堅物であるから、自分が求められて応えられるのはその専門分野のことのみ、と割り切っているが、コメンテーターとして表に出たい人が多い中それは珍しく、かえってその好青年ぶりが人気を呼び始めていたのだ。
だから会うのは個室のある店にした。騒がれるのは本人も嫌だろうし、ジェシンも面倒だった。指定した店にジェシンがつくと、ソンジュンは律義に早めに来ていたらしく、店員が連れの来店を告げて部屋に案内してくれた。
とりあえず一杯グラスを合わせ、少しのみ、少し食べると、二人の間には少々の沈黙が落ちた。こんな時ヨンハの不在を濃く感じる。ヨンハは皆の集まる場での座持ちのいい男で、ジェシンやソンジュンはその対極にいるような男だからだ。
「まあ・・・なんだ。この間は助かった。」
結局ジェシンが口火を切った。あれからのユニのことを知るのはジェシンだけなのだ。
「本当に遠目で見ただけなんですが・・・元気そうですね、彼女。」
「ああ、元気だ。精力的に仕事をしてるよ。」
「作家・・・『ユニイ』という作家ではないですか。」
「ああ。」
ジェシンはソンジュンに会うことをユニにはまだ言っていない。だが、ここは自分の判断で頷いた。いずれどこかからこうやって真実は明かされていくものだ、ととっくに腹は括っていた。
「彼女は作家で先輩は担当編集をされている、という事ですね。」
「そうだ。まだ一年にはならないが・・・。だから俺が『ユニイ』とユニさんが同一人物だと知ったのも担当になってからだ。」
「そうですか・・・ユニさん、徹底的に身を・・・隠されましたからね。」
そこには少し自虐的な声音が混じっていた。ソンジュンの罪の意識がそこにたっぷり詰まっているようで、ジェシンはこれに関しては同情している。ソンジュンだって巻き込まれたようなものなのだ。自分の意志など関係なく。
「俺が知っていることはそれほど多くない。だが聞かれたことには答えるぜ・・・。ただし、まだ他言無用だ。シクにもな・・・言わないでくれ。」
「ユンシクは心配しています・・・彼のご両親も。」
「分かってるよ。だがな、ユニさんは少し・・・いやだいぶ臆病になっている・・・人間関係ってものにな。」
「もう・・・5年は経ちました。」
「ユニさんにはたった5年なんだよ。」
はあ、とため息をついたソンジュンは、そうなんでしょうね、とジェシンの答えを否定しなかった。
「俺はたまたま、『ユニイ』の本は全部読んでいます。人気があるから本屋でも目につきます。ついでに・・・先輩が就職した出版社が出したものだ、という事もあって手にとって読んだら、すごくおもしろかったんですよ・・・。」
「お前の専門とは別世界だろうが。」
「俺だって別に専門だけで生きてるわけじゃないですよ!」
少しむきになるソンジュンと笑いあい、ようやく空気がほどけた気がした。