㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
戻ってきた編集部のデスクで、フニフニと人差し指の先を揉んでいて、隣の同僚に不審がられたジェシン。どうも担当作家とのやり取りにつかれていたらしい同僚は、深く突っ込みもせず、デスクにぐったりと上半身を預けて、棘でも刺さったのか、という的外れな心配だけしてくれたので、ちょっと、と答えれば、それで彼は気が済んだようだった。
「編集長~~、次の原稿、落とすかもしれないです~~。」
泣き言を編集長のデスクに向かって叫んだ彼は、そのまま目をつぶって爆睡した。彼の担当作家の内、一人は大層手のかかる人で、時に姿さえ晦ましてしまうという悪癖の持ち主なのだ。
「だからと言って、先生はねえ、一部のミステリー好きには人気絶大だからねえ・・・。」
スプラッタミステリー作家と呼ばれるその作家は、残酷な描写が多い推理小説家なのだが、シリーズ化している主人公の警部が大層人気のキャラクターになり、一度ドラマ化されている。まだ続いているのだが、事件などのからくりに詰まると、作家自身の部屋がスプラッタ状態になって、とは担当している同僚の愚痴だった。
「鍵をさ、預かってるからさ・・・入るじゃん。玄関からもうあやしいのよ・・・点々となんだか濡れてんの・・・廊下に置きっぱなしの新聞とかさ、雑誌とかが崩れてそこもヘンにぐちゃぐちゃで濡れてるし・・・部屋は足の踏み場もないし、あの人行き詰ったら飯食わないでしょっちゅうシャワーで水浴びるんだよ・・・。濡れたまんま部屋に戻ってそのまま資料漁って、冷凍室にぎっちりのピザとドリアをレンジであっためて食ってその容器をそこらに放って、エナジードリンク飲んで空の缶転がして・・・。」
気の毒そうに言う編集長のつぶやきを聞きながら、ジェシンは同僚の愚痴を思い出して、心から同情した。とにかく、ジェシンの担当するユニイに関しては全く当てはまらないことばかりだから、愚痴を聞いてやるぐらいしかできない。
そんなことを思いながら、ユニと進めている前編集者への祝いの本について、ジェシンはイラストレーターの一人からの連絡を待っていた。ユニは双子の赤ちゃんと前編集者とその夫と会って、その日の夜に短いお話を書ききってしまっていた。字数にすればそれこそ3000字に満たない短いお話。幼い双子のウサギが迷子になり、けれど決してつないだ手を離さないで、父ウサギの匂いのする鉛筆、母ウサギの匂いのする本を見つけながら歩き、父ウサギと母ウサギは、子どもたちの帽子、小さな足跡をたどって丘の上でお互いを見つける、という話だった。最後のページにね、お家で一緒にご飯を食べている絵を一面に描いてほしいんです、それが私の一番の幸せな思い出、と言うユニに、やはりそろそろ家族との和解の時期が来ているのかもな、とジェシンは思ったりもしたが、それはジェシンから言いだすことではないと、我慢した。
ユニイ個人のことではあるのだが、一応な、とユニにも断って編集長には報告した。すると編集長はにこにこと喜んで、自費出版を請け負ってくれる印刷会社などをいくつか紹介してくれたし、話を読んだ時には、これは出版しないかな、とさえ言った。
「絵の出来栄えによってはさあ・・・絵本も書かないかなあ、先生・・・。」
とつぶやく編集長は、半分娘の才能を愛でる父親のような、半分は仕事の勘を働かせた編集者のような複雑な表情で、ジェシンはちょっとばかりぞっとした。
だが、祝いの本だ。できれば早く贈りたいだろう、とジェシンはイラストレーターの表紙デザイン以外の仕事を調べ、一人、クレヨン画や水彩画で児童書の挿絵や表紙を多く手掛けている人がいるのを知った。ユニイの本は一冊表紙デザインを引き受けていて、それこそ『蒼から~』の表紙の美しいグラデーションを描いてくれた人だった。
実際みた表紙や挿絵は大層線が太く丸くかわいらしい。だからジェシンはてっきり女性だと思っていたが、ペンネームTOUCHという男女わからないそのイラストレーターは、会ってみたら厳ついクマのような男性で、とりあえずジェシンがまずびっくりすることとなった。