㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
声もなく本だらけの小さな部屋を眺めるジェシンに、ごちゃごちゃしていますでしょ、と笑っている。乱雑な印象はない。きちんと書棚に並んでいて、ユニが本を丁寧に扱う人だというのが良く分かる光景だった。ただ、本の種類が雑多で、大きさや背表紙の色などの違いのせいで統一感がないだけだった。
「図書館じゃないんだ。こんなもんだろう。」
「ふふ。大体の本の置き場所はなんとなく把握してるんですけど、ちょっとしまう場所を変えると大変なんです。」
「それはなんとなく分かる。」
ジェシンは扉を閉め、ここがベランダ、と言いながら歩くユニについていった。
「しかしすごい蔵書量だが、必要なものはすべて購入しているのか?」
「大概のものはネットで購入できるんですけど、絶版のものなんかは手に入りにくいですよね。そういうのは図書館で借りたり・・・あ、借りてもらってました。」
「じゃあ、それも俺が引き継げばいいんだな。」
「すみません・・・。」
ベランダの窓を開けて、高層マンションの中層階とはいえなかなかいい眺めを見ながらそんな話をし、ユニは今度は玄関へ向かう扉を開けた。
「ものすごいプライベートの部分はいいんだ、無理しないでくれ。」
「でもコロ先輩だってトイレぐらい使うでしょ。」
ここがトイレ。ここが洗面所とおお風呂なんかの水回り、そしてここが。
「寝し・・・。」
さすがにここはいい、とジェシンが扉を押さえたので、ユニはきょとんとした顔で見上げてきた。ベッドルームなんておいそれと他人に見せるな、ついでに俺は男だ、と声を大にして言いたい。
作家と編集者の関係を、先輩編集者はユニに肩入れすることによって、だいぶ親密なものにしてしまったことをまざまざと感じて頭を抱えそうになる。
「でも、私が万が一倒れたりしたら・・・。」
「その時は遠慮なくどこでも捜索するから、今はいい・・・。」
はあい、と言いながらも首を傾げたユニは、あっけなくリビングに戻っていった。それを追いながら、小さくため息をつく。
どこもかしこも、ふわりと漂う香りが優しい女性のものなのだ。流石にジェシンだってそれぐらいは感じる。そしてその香りが一人暮らしのユニの香りだという事も。
ジェシンにとって、ユニは後輩の姉、そして自分にとっては大学の後輩に過ぎなかった。編集長の言った通り、学部も在籍年度も違う。ユンシクがいなければ、キャンパスで通り過ぎるだけで存在などお互いに意識することのない相手だったろう。ユンシクを通じて関わり合ったのも数度。知り合ってからはそれこそ構内で会えば挨拶をし、少し雑談を交わすぐらいの間柄だった。それでも、女子学生とはほとんど関わりを持たなかったジェシンにとっては珍しい交友関係の一人で、好感を持っていた人物でもあった。
そんな女性の部屋に、堂々と許されて上がり込み、仕事上の関係という名において、部屋の隅々までを知ることを本人から許してもらう、その特別感がどうもくすぐったく気持ちのおさまりが悪い。
仕事仕事、とジェシンはユニを追ってリビングに入り、ポットで湯を沸かしているらしいユニを横目に、ソファに座って担いできたデイパックから、表紙デザインの候補を挟んだクリアファイルを出した。ついでに編集長から渡された焼き菓子の小箱を一つ。
ユニイ先生ね、お菓子が大好きなんだよね~。可愛いんだよ・・・。
あんたは父親か、というような顔で、先生に差し入れ、と渡してきた菓子箱。つぶれていなくてよかった、とほっとしたジェシンはそれを持ってカウンターキッチンへと向かった。
「これ、編集長が先生に差し入れって・・・。」
ユニは、コーヒーの粉を紙のフィルターに慎重に入れながらパッケージを見て、満開の笑顔を見せた。
「わあ!新作が出たんだわ!あら・・・。」
叫んだ後に、そのことに気付いたようにはにかむ頬がぽうっと赤らんだ。それが幼く見えて。
ジェシンの胸は、またくすぐったさに震えた。