㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。
ご注意ください。
屋敷に戻るのに、雲従街と呼ばれる都一の市を通るのが最も近い。いつも人でごった返しているのでソンジュンはあまり好きではないが、それでも毎日のように通っていると慣れはする。けれど時にはその人並みの熱や匂いが面倒な時がある。そんな日は、一本、二本裏の路地を縫っていくことだってある。
その日、ソンジュンはなんとなく一本裏の道を選んだ。平民の質素な家屋が連なる路地を歩いていると、は、と気が付いた光景に立ち止まった。
路地からさらに角を曲がったところにユニの姿があったのだ。そしてそのそばには、違う学堂の有名な少年が立っていた。
少年は肩を怒らせてソンジュンとま反対の方を睨んでいるようだった。白いチョゴリは埃で茶色くなっていたし、何なら袖は肩の縫い目が破れて取れかけていた。
「あの!お怪我は?!」
「してねえ・・・ないです。あんたこそどこか痛めたんじゃ?腕掴まれてたろ?」
「ええ、大丈夫・・・あなたがすぐに助けてくださったから・・・。」
でも袖が、と言いかけたユニを遮るように、その少年はグイ、と取れかけた袖を引っ張って完璧にちぎってしまった。まあ!と驚くユニの声が響く。
「あんたも、一人でこんな道歩くんじゃねえよ。もっと人の多い通りにしろよな。」
「こちらの方が近道なの・・・。」
「危ねえことは用心したほうがいい。人が多いところにはいい奴も悪い奴も等分にいるんだ。」
汗をかいたのか、その少年はちぎった袖で顔を乱暴に拭った。その手の行方を見て、ユニが、あ、と声を上げる。
「血が・・・。」
ソンジュンからは良く見えた。その少年の顔が驚愕に固まってしまったのを。何しろユニは少年の手をとったのだから。
「擦ったのかしら・・・でも殴ったのだからあなたの手も痛みますね、当然だわ。少し血がにじんでしまってる。」
少年が棒立ちのまま手を預けているのに構わず、ユニは懐から手巾を出した。綺麗な桃色だった。その手巾を細長く折り、傷を労わるように包むと、掌側で優しく結んでいる。
「お屋敷に戻られたらきれいに洗ってください。ここではこんな手当しかできないわ。」
「な・・・舐めときゃ治る!」
「でも私を助けてくださいました。お礼をしたいけれど・・・。」
ユニはうんうんと考えて、ぱ、と笑顔になった、らしい。ソンジュンからはユニの顔はほとんど見えないから想像するしかないのだが、何しろユニの表情の変化があったのは分かる。またもや少年が棒立ちになったから。
「私、街道近くの茶店にいるのです。叔父の店で手伝いをしているの。」
「・・・知ってる・・・俺は近くの学堂に通ってるから・・・。」
「あら、おいでになったことあったかしら?」
「いや、俺は立ち寄ったことはないんだ、母が帰りが遅いと心配するから、すぐに顔を見せに戻らねばならなくて。母の具合があまりよくないので。」
「まあ・・・それではお誘いするのは無理かしら・・・お茶とお菓子を召し上がっていただきたいのに・・・叔父様と叔母様もお礼を申し上げたいと言うと思うの。」
「そ!そんな!大げさなことじゃないだろ!俺は当たり前のことをしただけだ!」
「いいえ。相手はあなたより大人でしたし二人を相手にして私を助けてくださったわ。大変なことです。本当にありがとう。」
今だ傷を負ったらしい手を捧げ持ったまま言うユニに、少年の目が白黒するのが分かる。とうとう少年はユニの表情に訳が分からなくなったようで、ば、と包まれていた手を振りほどいて距離を取った。
「とにかく!今日はもうまっすぐ帰れよ!茶店は!そのうち寄るから!大げさにすんなよ!」
ずるずると後退していく少年に、ユニは本当に、とうれしげな声を上げた。
「本当に来てくださる?」
「いいい行く!行くからもういいだろ!」
「お待ちしていますね。あ・・・あなたのお名前をお聞きしても?」
「ムムムムン・ジェシン!ムン・ジェシンだ!俺は!もう!行く!」
少年は、ソンジュンとは違う派閥の子弟が通う学堂の秀才、ムン・ジェシンだった。