華の如く その144 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 「な、何をしておる!さっさと始末を・・・。」

 

 「黙って下され。」

 

 狂ったように叫びかけた兼高を遮ったのは、誰でもない、在信の前に一人残った剣客だった。静かに一度刀を右手に下げ、肩の力をぬいた状態でそう言い放った。だが、その気の抜けたような態勢でも、ひとかけらも隙がない。それは菅野も感じているらしく、文屋、と一声かけてよこした。

 

 「分かってる。」

 

 陽高と寧信がまた後ろに下がる気配がした。振り向けない。こちらも隙を見せたが最後、あのだらりと下がった刃が襲ってくるのが分かるから。

 

 「朝木道場の主はお強いのだな。何人か先走って力試しに行った奴らは、師範代にすらたどり着かないまま、弟子に返り討ちにあったというのに、まだ二人も上位の弟子をお持ちとは。」

 

 「江戸にもう一人、同じぐらいの技量の奴がいるぜ。」

 

 「へえ・・・朝木は前途有望だな・・・こんな強い若者を味方につけられないお方に雇われた、俺は最後までバカだったということだ。」

 

 「あんたも強そうだな。」

 

 「少しはな、遣える。だが、遣い先をまちがえたまんまここまで流れ着いた。強い相手とやれるだけ、今日は俺にとって最良の日かもな。」

 

 男はだらりと刃を下げたまま笑った。しかし分かる。殺気が体中に満ち満ちている。

 

 「馬庭念流、坂口泰輔。一手手合わせ所望いたす。」

 

 「朝木一刀流、文屋在信。承った。」

 

 馬庭念流の使い手など、勿論相手をした事はない。だが、そのぶらりと刃を下げた一見力の抜けた態勢が、すでに臨戦態勢なのだと在信は理解した。ぶら、ぶら、と体の横で揺れる刃と力の入っていないような上体。しかしおそらく。

 

 参る、というつぶやきと共に、坂口という剣客は走った。刃は体の動きに合わせて揺れているように見えながら、確実に横に寝かされ、微動だにしない在信の体に向かってくる。

 

 在信は正眼の構えのまま動かない。はた目には動けないように見えたかもしれない。それほど坂口の動きは瞬時だった。足の動きに合わせて振られる腕が後ろに引かれた瞬間、すべての力が後ろ足と引かれた腕にこめられる。その力すべてが前に振り出された刃に乗って在信の胴を襲った。

 

 がっ、という音と共に火花が散る。不動に見えた在信は一歩足を下げてすいっと下げた刀で坂口の刃を受け止めた。逆手だ。力が、と陽高が目を見開いたが、順手で力の入りやすいはずの坂口が合わせた刃を押し切れない。にらみ合った二人の視線は一瞬。次の瞬間、在信の後ろ足が土にめり込んだかと思うと、かあん、という音と共に坂口の刃は弾かれた。

 

 由久の視界からまた在信の背が消えた。見えるのは立ちすくむ坂口なる剣客。きらりと光ったものに目が惹かれ、そちらを見るとそこには在信の剣先がぴたりと空中で静止していた。静まり返る周囲。そして坂口は。

 

 どうん、と音を立てて崩れ落ちた。

 

 その音に怖気づいた最後の一人がやみくもに菅野に切りかかり、肩口を切り下げられて倒れ、転げまわった。そこで残心を解いた在信が刀を血振りしたところで、後ろから声がかかった。

 

 「お見事でござる!」

 

 振り向くと、そこには馬に乗り陣笠を被った大目付とその部下が10数人いた。いつの間に、と気づかなかった在信が驚いている間に、数人が走ってきて倒れている剣客たちを、生きている者は捕縛、大けが、または死に至りかけている者はその検分を臨時の血止めと共に始めた。馬を降りてつかつかと歩いてきた大目付は、陽高と寧信に一礼するとそのまま部下を連れて前進し、部下たちはたちまちのうちに遺された葉山と兼高を取り囲んだ。

 

 「ぶ・・・無礼な!手を離せ!」

 

 「伊藤兼高殿。大番組一番組小頭葉山員就(かずなり)殿。城下に置いて届けなき争いを仕掛けた罪状を持って捕縛いたす。権限は藩士の違法を監察する目付にあり申す。従っていただこう。」

 

 「切り合いをしたのはそ奴らぞ。人を・・・人を切りおったのはその二名ぞ!」

 

 「仕掛けたのはそちらと推察する。推察も何も・・・藩士でない者をこの人数用意している時点で、争い事を起こす理由がそちらにあるのは明白。以前より行動も内定済み故、故意はそちらにあると証拠は上がっており申す。大人しく縛につきなされ。」

 

 連れていけ、と静かに申し渡した大目付に対してなおもわめきながら、葉山の父と兼高は引きずられていった。頭巾を取り払われなかったのは、顔を晒さないでおくというせめてもの周囲の慈悲だとも分かっていないだろう声量は、姿が見えなくなるまで続いていた。

 

 

 

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