華の如く その127 ~大江戸成均館異聞~ | それからの成均館

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『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟90万hit記念。

  成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  作品舞台及び登場人物を江戸時代にスライドしています。

  ご注意ください。

 

 

 黙々と歩く俊之介の後ろから、あのう、という声が聞こえた。供の藩士だった。俊之介も若いが彼はさらに若かった。

 

 「なんでしょう。」

 

 俊之介は誰にでも丁寧だ。別に敬語ではないが、きちんとした言葉遣いで相手と話す。基本どんな軽輩格の者にでもだ。勘定方の男は40台半ばだろうかというところだ。当然俊之介の乱暴な言葉遣いは聴いたことがない。自然に丁寧に相手に接する態度は、早い間に勘定方の者たちを味方につけた理由の一つではあるだろう。

 

 「・・・これからどうなりますか?」

 

 俊之介は足を緩めた。少し休んでいこうか、と見当たった茶店の前に出ていた床几に腰を下ろす。はあ、と少し間を空けて二人が座ったところで茶と団子を婆さんに注文し、さて、と俊之介は腕を組んだ。行儀のいい俊之介にしては珍しい態度だった。

 

 「貴君はどうして本日俺の供に指名されたか分かっているのだろうか?」

 

 「はい・・・俺は今回の騒ぎ・・・に関してどっちつかずの立場で居ます。というか何度か葉山さんのお誘いで酒をごちそうになっています。ですから、伊藤様と立場が違うから、という意味でだと思っています。」

 

 「それはその通りです。ただ、別に貴君をわざと選んだのはその理由があるだけで、他は本日の藩士の役目を慮って、時間の取れそうな者にしただけです。まあ勘定方からはどなたか一人出て頂かないといけなかったので、勘定方でご相談いただきましたが。」

 

 へ、という顔をした藩士や俊之介の座る床几の上に、茶と団子の皿が軽い音を立てておかれた。茶は若い小女が運び、注文を聴いた腰の曲がった婆さんが団子を運んできたのだ。役割分担が出来ているらしい、と俊之介は感心して礼を言った。

 

 「まあ、続きを申すと、俺はこういう俺の仕事の中で誰かを俺の信条に誘い込む気はないんです。仕事は仕事なので。ただ、襟を正してきちんと働く者の姿を見て、なんぞ考えてくれたらいいと思うことは少しぐらいはありますが。本日は、金のことを扱うのでね、複数の確認が望ましいと考えたからにすぎません。貴君が本日の仕事に選ばれたことに変な意味を持たなくてよいという事です。」

 

 「そうですか・・・。」

 

 うつ向く藩士に、俊之介は怪訝な顔をした。そこで勘定方の男が苦笑して助け舟を出した。

 

 「伊藤様。大方の藩士、特に若い者は自分がどうすればよいかわからずに、例えば父親の信条に従う、例えば仲の良い先輩に従う、と考えを他者に委ねることが多いのです。伊藤様や文屋様のように大きな信念を持つものばかりではありません。自分の家が存続するように、少しでも俸禄が上がるように、と目の前のことに必死なのですよ。このままで平穏無事に、と思っている者だってたくさんおります。」

 

 けれど伊藤様と男はつづけた。

 

 「そのような者たちが大事なのです。上が変わっても、私を含めそのような大勢が新たな事態にも粛々と働き続けるのです。日和見だと申すものもおります。そう言われて葉山様の方へ引きずられた者もいるでしょう。けれど内心は違うのですよ。今より悪くならなければいい、そう思っています。それは怠惰なのではなく、この世はそういうものなのです。」

 

 「けれどあなたは俺の話を聞き理解し、協力してくださった。」

 

 「それは私の仕事上、しなければならないことだったからです。日和見とはいえ、自分の仕事に誇りを持っていれば、その仕事を軽く見られ不正を行われていることに大して正しい態度をとりたいと思うのは当たり前。ただそれが力関係で出来ないこともあるのです。ずるいと言われても出来ない時はある、ですから手立てを講じることができると伸ばされた伊藤様の手を我ら勘定方が取るのは当たり前の事でした。我らは職務に忠実でありたいのです。」

 

 そしてそれが。

 

 「国のため、殿のためであるというのが勘定方の信条です。」

 

 なるほど、と心の底から感心した俊之介に、ですから伊藤様のやり方は間違っていないですよ、と男は笑った。

 

 「無理強いしても胸中はそんなものです。ですから、態度と仕事で正当性を示し、ことが終わった後に皆に気持ちよく仕事をしてもらう、それが上に立つ方たちの最も重要なことでございますよ。それが信用というものです。これでこれまでと同じように生きていける、という安心の。勿論伊藤様に賛同するものは大いに迎え入れたらよろしい。考えることのできる者は必要です。けれど、考えることが辛い者もいる、それも大勢いる。それを葉山様は分かっておられないのですよ。」

 

 そして、若い藩士に向かっても笑った。

 

 「悩めばよい。悩んで何もできなければ、何もしなくてよい。ただ自分の仕事はきちんとするのだ。信条というものは、若い時にはなくても、年齢を重ねれば私のような者にも生まれてきた。急がなくてよいだろう。今の仕事に忠実であればいい。そうでしょう、伊藤様。」

 

 「はい。俺も忠言、胸に留め置きます。」

 

 「ははは。国一の秀才であるあなたにそう言われるとこそばゆいですなあ。」

 

 茶を穏やかに飲む勘定方の男に倣って、俊之介も若い藩士も静かに茶を含み、団子をほおばった。

 

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