仁術 その44 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 この辺りで、とユニが言っても、ジェシンはなかなか頷くことが出来ず、結局一刻ばかりを共に歩いた。俺なんぞ走って帰ればすぐだし、日が暮れたって男一人だ心配いらない、それに成均館儒生に門限はない、などと言っては別れる時を先延ばしにしたが、さすがに帰路半分も送っていただきました、そのせいでせっかく治った脚を傷められたら、ムン家の方々にもお医師にも顔向けできません、とユニが言うものだから、ここらが潮時か、とジェシンもようやく諦めた。

 

 「足のご心配は無用だ・・・本日完治だと言っていただきましたから。」

 

 とジェシンが言うと、それはおめでとうございます、とユニはほほ笑んで、それでもジェシンが片手に下げていた布包をそっと取り上げた。紙の束も入っているのでそこそこ重さがあり、ジェシンはこの荷のこともあって送る距離を稼いでいたと面もある。

 

 「それでは・・・もう医院のお通いにはならないですね・・・。」

 

 本日は本当に運が良かったのだわ、とつぶやくユニに、運が良かったのは俺の方だ、とジェシンは思った。

 

 手紙のやり取りをできるようにジェシンが提案したのは、自分としては上々の出来だったと今も思っている。両班の男女など、会う機会は親のつながりがあるかどうか、親や親せきが仲立ちしているかどうかしかない。ジェシンとユニの出会いは本当に偶然、怪我の功名そのもの。ユンシクの病状は気の毒な話だったが、そのせいでユンシクとその付き添いのユニは医院に滞在して治療を受けることとなったし、ジェシンはいたずらっ子の子猫のおかげで木に登る羽目になった上に地面に墜落したのだが、その偶然の重なりの上での出会いは、自分でどうにかするしかないのだ。大人の世界に納得できない若い感性ながらも、その大人の世界と事情に従わざるを得ないただの青二才であるジェシンにとって、自分の派閥が小論、ユニたちの親の派閥が南人だということが非常に大きな問題でもあった。派閥違いの付き合いに親がいい顔をしないことを、ジェシンはよく知っていた。派閥がお互いにいがみ合っていることも。だから言えないのがよくわかっていた。医院で知り人が出来ました、よい青年で友人となり、小科を受けるよう勧めた手前世話してやりたいのです、付き合いができたので、屋敷に招いていもいいですか、いえ、南人の家の子息です、そんな風にできたら楽だった。だが、父が言い返す言葉さえはっきりと予測できる。南人だと、お前の、ひいては儂の何の役に立つ、派閥は違う上に南人は落ちぶれ派閥ではないか,それになんだキム家?父親の官位は?何?市井の学者?仕官しておらぬのか?そんな意味のない付き合いなぞ時間の無駄だお前は自分がさっさと学問を納めて出仕しろ!

 

 手紙のやり取りでつながりは途切れないし、ユニの美しい字をジェシンは手元に置くことが出来ている。だがこうやって実際に会う事より素晴らしい事はないのだと、会ってから、そして歩きながら話をしている間中の自分の胸の中の温かい、いや熱いぐらいの幸福感が教えてくる。今日も偶然会えた。それはお互いに用があり、別に日時を約束したわけではない。偶然、いや、運命だと思いたい。その運命を、ジェシンは放す気などなかった。だが、ユニの言葉で確かに、と思った。ジェシンは完治した。医院にもはや行く理由がない。偶然に会う機会もなくなるのだ。

 

 ならば、偶然でなくせばいい。手紙は続く、続ける。だが、会わねばならない。こうやって会って、言葉を交わして、ユニにムン・ジェシンという存在を濃く、濃く刻み付けねばならない。

 

 ユニに幾人かの女流詩人の名を教えた。ユニは知らないかもしれない。けれどいいきっかけをくれた。女流詩人には多いのだ。

 

 恋の詩が。人を想う切ない胸の内を謳うものが。意識させるのだ、彼女に。あなたが俺の好きなものを知りたいと言った気持ちが。

 

 俺と同じものになりつつある、ということを。

 

 

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