仁術 その2 | それからの成均館

それからの成均館

『成均館スキャンダル』の二次小説です。ブログ主はコロ応援隊隊員ですので多少の贔屓はご容赦下さいませ。

㊟成均館スキャンダルの登場人物による創作です。

  ご注意ください。

 

 

 話を少しばかり聞いたところで姉娘が覗きに来た。その中途半端な話だけでも、なんとなく彼らのおかれた状況が分かって、ジェシンは余計なことを聞くのは辞めた。

 

 「薬湯を頂いた後は、安静にしておくようにと先生に言われていますでしょう?眠ってしまわなくてもいいから目を閉じて静かにしていなさいね。」

 

 ジェシンに会釈をして床の傍に上がり込むと、姉娘ユニはユンシクの寝床を軽く整え、優しい声でなだめるように言い聞かせていた。ユンシクも大人しく頷いて、言う通りに目をつぶった。半刻程は静かにね、と念を押すように胸元までかけ布をかけてやり、足元の方へ下がると、ジェシンにお騒がせしました、とまた会釈を送ってくる。いや、何も、と口ごもるジェシンに、何か御用を承りましょうか、と言ってくれるのだが、とっさには頭が回らない。ジェシンは女人に慣れていないのだ。屋敷にいる下女は別だが、あれらは女人というより『下女』という最初からのくくりがあるので、意識する対象ではないのだ。ユニという娘は、年頃も年頃の、同じ身分の『令嬢』なのだ。ジェシンにとっては全く持って縁のなかった相手だった。

 

 男兄弟の次男として生まれ、少年期には学堂に通う。そこに異性の影はない。勿論早熟な仲間の中には、それなりの年齢から悪所に興味をもつものもいたが、ジェシンはどちらかと言えば体を自ら動かす、武術の鍛錬の方が面白い質だった。そこにも勿論異性の影などちらつきもしなかった。その後、優秀な学童だったジェシンは小科を進士、生員共に受かり、堂々たる成均館儒生となって今に至る。似たような年齢の、それなりに話の合う頭の出来の仲間もいるが、やはりそこに異性の影はなかった。成均館にいる者ぐらいの年齢になれば、妓楼に出入りする者もいるし、ジェシンだって酒も覚えた。誘われることもあるが、一、二度登楼して自分には合わない場所だと行くこともなくなった。妓生はなんとなく女をむき出しにしているようで、ちょっとした恐怖さえ感じたのだ。誰にも言っていないが。女人嫌いではないとは思うが、得意ではないのだろうな、というのがジェシンの自己診断だ。どちらにしろ、成均館の中に異性の影はないし、ジェシンにとって女人というものはあまり生活の中で意識して存在するものではなかった。

 

 「また様子を見に参りますので、何かありましたら言いつけてくださいませ。」

 

 口ごもるジェシンににっこり微笑んで、ユニは静かに部屋を出ていった。すぐに子供の声が聞こえる。おねえちゃん、みて、みて!あら上手にお洗濯できるのね。うん、かあちゃんのてつだいするもん!えらいわね、ふたりとも?にいちゃんはみずくみするよ。力持ちなのね、すごいわね。よく喋るのは妹の方らしい。さっき聞こえていたように、洗い物を手伝っているのだろう。盥に水を張って、漬けておいた布を足で踏んで洗うのだ。小物なら確かに幼い子でも手伝えるし、汚れもそれなりにとれるのだろう。

 

 本当によく働く娘ごだ。とジェシンは改めて思った。両班の令嬢に知り合いはいない。けれど、成均館の友人どもの姉や妹は、それこそ10代半ばには婚約も決まり、婚儀を挙げるやら面倒やらという話を良く聞く。そこに洗濯などの単語は入ってこず、どこぞの家に嫁ぐから苦労なく暮らせるとか、花嫁修業の刺繡もせず、装飾品ばかり買っている奴が嫁に行って大丈夫なのだろうか、という話ばかりだ。確かにジェシンの母だって洗濯はしない。それは下女の仕事だ。厨だってそこを仕切る下女がいる。両班の女がすることではないし、もしするなら、それこそ王宮の侍女としてそういう部署に配置されてからだろう。そこにはその娘を王宮に差し出す家の思惑があるはずで、その娘が尚宮などに出世すれば王宮での耳目ができたり、小細工が出来たりと目的があるはずなのだ。

 

 だから、ユンシクが少しだけ漏らした、キム家という二人の生家が、いかに両班としては落ちぶれているかが、ジェシンにはよくわかる。けれど、どんなに落ちぶれていても、ユニは令嬢であるのだろう。それだけの気品を、ジェシンは彼女から感じていて、だからこそまともに口がきけないでいる。

 

 

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